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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女と焔の魔物

作者: 枷月

『硝子の魔物と魔王』の聖女のお話です。




 わたしは平凡だった。

 絶世の美女でもなければ頭がいいわけでもなく、特別運動神経がいいわけでもない。

 いっそ目を背けたくなるような容姿で頭を抱えたくなるほどの頭脳でどうしようもない運動神経だったら諦めもつくのに、不幸なことにわたしはすべてにおいて平均よりも少しだけ上だった。

 だから、もっと頑張れば出来る、なんて勝手なことを言う周囲の視線が心底煩わしかった。

 いつの間にか異世界にトリップしていたときは、智恵理〈ちえり〉だと名乗ったものの、この世界の人が発音するとチェリーにしかならないことがわかって過去の自分と決別出来た気になっていたのに少し経ってから、わたしを拾ってくれたおばあさんに連れられて神殿に行くとそこで、わたしが魔王を封印する力を持っていることが発覚して、聖女と呼ばれて崇められてもいつも心は空虚なまま。

 魔王を封印する旅に出ることが決まって喜んでいるおばあさんを前に、魔物を殺すのが怖いから行きたくない、なんて言えるわけがなかった。

 異世界に来てからのわたしは、加減をしないとドアノブを捻り切るくらいの怪力を得ていた。

 それは、聖女というよりも戦士向きの力だ。

 普通の生活を送るにも力の加減を身に付けなくちゃならない。

 力加減に失敗して落ち込むわたしを支えてくれたのは、旅先で出会った魔法使いのヴェルギアと騎士のロハンスだった。

 道中、村や町を襲っていた魔物を倒しながらやっと辿り着いた魔王の城。

 魔王はわたしと同じくらいの女の子だった。

 けど、そんなことよりもわたしは、その魔王が小さくヴェルギアの名前を呟いたことに気を取られる。

 そして、その一瞬の間にロハンスがヴェルギアに斬り掛かっていて、何もなかったかのように魔王に向かい合ったロハンスが信じられなくて、あっさりと死んでしまったヴェルギアを信じたくなくて、ロハンスに戦闘を促されるまでただ立ち尽くしていたくらいに驚いた。

 やっとの思いで魔王を水晶玉に封じる頃には、わたしは満身創痍だった。

 自分が怪我をしていることにすら気付かないくらいに必死だったわたしは、ロハンスにその水晶玉を奪われ、そして──。


「俺の聖女、愛しいチェリー……愛している」


 囚われた。




「チェリー、何を考えている?」

「少しだけ昔のことを考えてただけ」


 わたしは、毎日毎日飽きもせずに囁かれる愛に、溺れていた。

 救ったはずの国には誰も、魔物の一匹でさえも存在していない。

 全員全部、消されてしまったから。

 大人も子どもも女も男も関係なく、すべてが消えてなくなった。

 ヴェルギアが、消してしまった。

 ──魔王は、わたしと同じように異世界から来た子で、ロハンスはその魔王を自分のものにしたかったからわたしを利用したらしい。

 わたしは何も知らなかった。

 二人が魔王の側近だったなんて知らずに、ロハンスにもヴェルギアにも全幅の信頼を置いていたのだからもう笑うしかない。


「怖い」

「──怖い?」


 不意に零れた言葉に、わたしを抱き締めようとしていたヴェルギアが眉をひそめた。

 その意味に気付いて慌てて首を振る。


「ヴェルギアが怖い訳じゃないよ……わたしは、このまま駄目になっちゃいそうで、怖いの」


 ロハンスに利用されていたと知ったとき、わたしは何よりもヴェルギアが生きていたことが嬉しかった。

 救ったはずの国の人たちが消されたことを知ったとき、わたしはヴェルギアに愛されていることが嬉しかった。

 帰れなくなったことを知ったとき、わたしは安堵さえした。

 元の世界にも大切なものがあったはずなのに、今はもうヴェルギア以外どうでもいいと思ってしまうわたしがいて、そんな自分に血の気が引いた。


「駄目になってしまえ。そして俺に狂えばいい」

「ヴェルギア……」

「俺は既にお前に狂っている。お前が帰りたいと願うのならば、お前の世界を滅ぼしてしまおう」


 ギラギラと欲に塗れた視線がわたしを射抜く。


「必要ないよ。だからヴェルギア、わたしを離さないで」

「離してくれと頼まれても離すつもりはない……チェリー」


 重ねた唇は熱くて、かさついていた。

 触れるだけだった口付けは次第に、甘いというには程遠い貪るような口付けに変わっていった。

 例え、騙されているのだとしても構わない。

 わたしはもう、何も怖くはなかった。


『聖女は闇に堕ちた! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 世界中がわたしを殺そうと押し掛けてきても、今度は躊躇わない。


「次はわたしも手伝うから、一人にしないでね?」


 わたしはたった一つを捨ててすべてを手に入れたのだ。


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