やっと正体が見えてきたけど!?
それは、この人だけじゃない。周りを歩いてた人たちが一斉に、わたしたちの方に向かって迫って来てる。
とっさのことで判断がつかなかったけど、さっきのミイラと同じ動き……同じ気配。
これまでのように死人じゃなくて、生きてる人間にまで干渉して、わたしたちを逃がさないようにしてるのね。
「きゃああああ!」
中桐さんが悲鳴をあげる。彼女も体をつかまれて引きずられてる。あわててかばいながら、スゴく手加減しながら取り囲む人たちを振り払う。
生きてるってことはこれまでと違って本気で攻撃できないってことよね。
それは……辛いわ。
迷ってると、一斉に取り囲まれて体のあちこちをつかまれて店の中に引っ張られる。
どこ触ってるの! 操られてなかったら張り倒すところよ!
「やめて! 助けて!」
中桐さんが泣き叫ぶ。
でも、周りを歩いてる人が全部影響されてるんだから、助けなんてこない。わたしとわたしの気で護られてる彼女だけが正常を保ってるだけなんだから。
「はああっ!」
叫び声が聞こえて、取り囲んでる人たちの一画が崩れた。この状況で行動できるなんて、1人しか思いつかない。
「宗馬! 遅かったじゃない……あら?」
声をかけた先には宗馬の姿はなかった。でもその姿には覚えがある。朝の公園で見かけた大きな気を持ってたおじいさん。
この偶然は……そうか、本当に引き戻したいのはわたしだけなのね。
「大丈夫か? 何事かねこれは一体」
「おじいさん、いい所に来たわ。この人お願い」
中桐さんを彼に押しつけると同時に、彼を圧迫し過ぎない程度に気を開放する。わたしにとってはごく小さいものでも、これ以上開放すると相手を気絶させることになる。
もちろんおじいさんも突然のことに驚いて、あっけに取られてる。
「場所はこの人に聞いてね。急いで!」
彼ならこの気を感じて、とても断れないはずだわ。
「ああ……承知した」
思ったとおり、なんの質問もしないで彼女をかばいながら連れて行ってくれる。多少の抵抗があったものの、それを追う操られてる人はいない。
やっぱりね。
身軽になったわたしは体中をつかんで引っ張ろうとしてる人たちを軽く振りほどく。
「希望通り、これからもう1度あんたの所に行ってあげるから、この人たちから離れなさい!」
ブティックに向かって叫んでみた。なんかこういうのって正義の味方みたいだけど……周りの人が正気だったらスゴく恥ずかしい。
「本当か」
いつの間に出て来たのか、アニキが店の中に立ってる。
操られてる人たちが動きを止めた。
「初めっからそのつもりよ」
「なんだ、なら話が早い」
「話よりこの人たちを早く元通りにしなさい」
「おお、恐い恐い」
嫌味なヘラヘラした笑い。宗馬の方が100倍マシだわ。
周りを取り囲んでた人たちが、しゃがみ込むように倒れていき、同時にあの気配も消える。悪党にしては、往生際がいいわね。
「じゃあ、一緒に来てもらおうか。言っておくが俺たちは死人どもじゃないぜ」
無言で店内に入った。
「おい、シャッター閉めろ」
アニキの後ろにくっついてたゴリラが、青くなって金縛りになってた店員に命令すると、彼はあわててシャッターを閉めるスイッチを入れる。
「あんたの力は分かっている。悪いがおとなしくしてもらうぜ。暴れるなら、外の連中に殺し合いをしてもらうことになるからな」
後ろ手にロープで縛られながら、アニキの話をおとなしく聞いた。このくらいのロープなら簡単に引きちぎれるし、外の人のことは、コイツらならやるって言えばほんとにやるわ。
「お前も来るんだ」
アニキが店員に言うと、店員はブルブル震えてる……あら? この人は仲間じゃないのかしら。
「関係ないんだったら逃がしてあげれば」
そう言うと、店員がすがるような目でわたしを見るけどダメよ、そんな目で見ても。わたしだってあんたがほんとに無関係だなんて思ってないんだから。
「見つけられた5点目の替わりが必要だからな」
その言葉に店員は逃げ出そうとした。
でも、もうシャッターが閉まり切った店内のどこにも逃げ場はなく、あっさりゴリラに追い詰められる。
店員は泣いて命乞いしてる。もう、しょうがないわね。見過ごせないじゃないの。
ロープを切ってシャッターを叩き壊せば逃がすことができるわ。あとはあんたの運次第ね。
あら!? 何コレ?
切れないじゃないの? どういうこと?
「どうした? 背中でも痒いのか。ああそうだ、言うのを忘れていたが、縛っている縄な、特製の呪縛がかけられていて、あんたの力を完全に封じることができるんだ」
さっきより嫌味っぽく、おかしそうに笑った。
なんですって?!
わたしを……世界からの能力を封じるなんて。
そんなことができるなんて!
《宗馬!》
呼びかけたけど、返事はない。気絶させた店員をゴリラが担ぎ上げる。
「ロウ様お願いします」
アニキが呟くと同時に、周りの景色が変わった。地下の通路のどこかに間違いないわ。
これって、空間を操る能力じゃないの……そうか、どこにも入り口がなかったのって……必要なかったからなのね。
「歩け」
アニキが短く命令した。
あの時事務所にいた連中もあわせて、6人に囲まれながらさっきわたしがバラバラにしたミイラの破片を踏みしめながら歩かされる。
人数がこれだけってことは、宗馬の方に行った何人かはまだ戻ってないのね。
「ねえ、この場所ってどういう所? あのたくさんのミイラってなんなの?」
「ここか? ここは第二次世界大戦中、日本軍に香港が占領された時に、最後まで抵抗した政府筋の一派が掘った地下壕の跡だ。
やつらはその一派をこの穴に追い詰めて何かの細菌をバラまいて入り口を塞いだんだ。
ま、それをお前ら日本人がやったかどうかは知ったこっちゃないが、実に効率のいいこと思いつくもんだぜ。まあ安心していいぜ、その細菌ってのも今じゃ残ってないからな」
能力を封じてることに安心してるのか、アニキはペラペラ教えてくれる。
「そんな話聞いたことないわ。だいたい香港陥落は無血入城だったってガイドブックに載ってたわよ」
「だから無血入城さ。歴史から消される事実なんていくらでもあるぜ。もっとも、消されるのは事実だけじゃないけどな」
楽しげに笑うサングラスの隙間からのぞく目は、とっくに人の心を失ったケモノ以外の何ものでもない。
通路の要所に残しておいたわたしの気の目印からすると、連れて行かれるのは……。
あははは……って笑ってる場合じゃない。逆さに吊り下げられるなんて考えたくもないわ。
だんだん例の部屋に近づく。
……なんとかしなきゃ……でも、これじゃどうしようもないわ。
「安心しろ、すぐには殺さないぜ。ロウ様が会いたがっているんでな」
突き当たりの部屋に入らず、アニキは左の壁に向かって歩き体が壁の中に消えた?
隠し扉でも立体映像でもないわ。これも空間を操る能力。ロウって何者かしら。
そこは20m四方くらいの鍾乳洞の中で、何百本ものろうそくに照らしだされてて、真ん中には変な祭壇が奉られてる。
ボワッ! と、いきなり大きな炎が上がった。
何よ、急に……驚くじゃない。
炎は、自分で歩けるかどうか怪しいくらい醜く太った男を照らし出す。
手には中華鍋を持って料理を作ってる。同時にイヤな臭いが充満して来た。
……血生臭い肉の焼ける臭い。
わたしたちが近づく間に、完成させた料理が大きなお皿に盛られた。
「ロウ様、連れてきました」
連中が深々と頭を下げるけど、わたしはとうぜん無視よ無視。
「やあ、ご苦労でしたね。どうですか、あなたを歓迎するために作った特製料理なのです。お前たちも食っていいですよ」
差し出された大皿には……肉をメインに、見た目は豪華な中華料理が乗ってる。
アニキ以下全員が駆け寄って、手づかみで争ってそれを口に運ぶ……狂ってるわ……わたしは目をそむける。
「あなたもお食べになりませんか、せっかくの特製料理なのですよ」
「あの女の人たちで作ったものなんて食べられるはずないでしょ!」
「おやおや、それでは食の楽しみというものが分かりませんよ。人間生まれて死ぬまで食事の回数と量は限られているのです。その中でいかに愉しむかとは、その濃さを追究することがいかに……」
わざとらしい敬語が逆に神経を逆なでするわ。こう言うの慇懃無礼っていうのよね。
「あんたと食論議する気はないわよ。この連中も材料がなんなのか知ってるの?」
「もちろん知っていますよ、もう我々なのですから。自分で“おいしそうな材料”を連れて来るくらいです」
ロウと呼ばれる肉塊が、笑おうとしてるかのように顔らしきものを震わせる。
余りの不快さに、スイッチが切り替わった。
「わたしを呼んだのは、なぜ?」
「大したことではありません。あなたに最後の点になって頂こうと思いまして。
本当はあなたの逃がしたもうお1人がそうなる予定だったのですが、あなたの方がずっと大きな力を持っておられるようので」
「最後の点? 全部で6つじゃないの」
「あれは各面に相当する点なのです。それらが交わる最後の交点が必要なのです」
話の意味が分からない。はっきりしてるのはどっちにしろ殺そうとしてるってこと。
「お前たち、そろそろ奪われた5点の替わりを配置してきなさい」
ロウが指示し、アニキ、ゴリラを残して4人が気絶してる店員を担いで出て行くのをどうすることもできずに見送った。
「もう奪われないうちに、5点配置と同時にあなたを捧げることにしましょう。遅れないように準備をして頂かなくては」
アニキとゴリラがこっちに来る。
「来ないで!」
必死に抵抗したけど、あっさりゴリラに押さえつけられた。こんなやつに負けるなんて……能力を封じられたわたしって、こんなに無力だったのね。
うう! 悔しいわ。
祭壇の正面にある石柱に縛りつけられる。もう身動きもできない。手を縛るロープさえなんとかなれば……全力を振り絞ってロープの1点に集中して能力を注ぎ込む。
………………。
ダメだわ、びくともしない。
「それをつけている限り、あなたの能力は使えないのですよ」
ロウが肉を揺らす。やばい。本気でやばいわ。
《宗馬! どこにいるの! 早く助けなさい!》
ムダなのは分かってるけど、淡い期待に賭けてみる。
「思考波ですか? ムダです、ムダ」
醜い体を揺らしながらロウ笑い続ける。悔しい。
「ところが意外にムダでもなかったりするんだな、これが」
え!?
壁の1か所が崩れ落ちて、映画のように光の中に人影が立ってる。
「何カッコつけてるの! 遅いじゃない!!」
「そう言うな夢ちゃん。目撃されるの覚悟で空まで飛んだんだから。幸い通路に気を残しておいてくれたから、この場所はすぐに分かったけどな」
アニキが素早く銃を構えて、宗馬に向かって撃った。
重力を操って弾を簡単にはじき返しながら、ロウの座る台座の前に飛んだ。
「あれ? ちょっと見ない間にずいぶん太ったな」
「誰が太ったですって~!」
ロウを見ながらとんでもないこと言わないで!
「あれれ? 夢ちゃんが2人」
「やかましい!!」
こんな時に冗談じゃないわ。
「それはさておき、あんたの結界は無力化させてもらった。4人の遺体はもう警察が引き取ってるよ。それにオレを連れて行った3人と、さっき出て行こうとしてた連中、仲良く寝てるぜ。
これで最初からやり直しだな……最後の交点ってところでやっと分かった。あんた『テチ』だな」
宗馬がロウを指差しながら『テチ』って呼んだ。
どこかで聞いたんだけど、なんだったかしら……。
「……でしたら次の最初の1点は、あなたになって頂きましょう。お前たち!」
ロウがアニキに命令する。
「動くな! コイツの命がどうなってもいいのか」
アニキがわたしの頭に銃を突きつけ、ゴリラがあのロープを持って宗馬に近づいて行く。
「コイツは今、能力が使えない見た目通りのか弱い女にしか過ぎないんだぜ。この美人の頭が吹っ飛ぶなんてお前も見たくはないだろう?」
まあ! 美人だなんて。なかなか見る目あるわね。
「眼科で診てもらった方がいいんじゃないか?」
そこ! うるさい!
「どっちにしろ引き金は引かない方が、あんたのためなんだけどな」
少しだけ振り返って、宗馬が笑いながらアニキを見た。
「脅しじゃないぞ」
アニキは無表情に銃を構え直す。そりゃそうよね、人間を食べてるようなやつなんですもの。
脅そうなんて思ってない。わたしは食料に、宗馬は点にってことしか考えてないわ。
撃鉄を引く音がした。
リボルバー式ね、ふっる~~~っ!!
「さあ、おとなしくするか?」
「すると思うか?」
表情も変えずに、すぐ近くまで来てたゴリラを蹴り上げる。回転しながら地面に叩きつけられ動かなくなると、全身から黄色っぽいガスのようなものが出た。
何? あれ。
同時に引き金が引かれた。
軽い乾いた音。
「うおおお! ぐあああ!」
銃が破裂して、破片がアニキの右手をズタズタに切り裂いてる。
右手だけじゃなく顔面も血まみれになってるわ。少しはこれまで殺した人たちの痛みを感じるかしら。
「なんだ? 何をしたのです!」
ロウがうろたえる。
「わたしの能力で銃口の先に中で弾が破裂するくらいの空気の塊り詰め込んでおいたの。
それとわたしの周囲にだけ、体にそって重力方向が変えてあったのよ。飛んで来る破片が止るほどのね」
「なんですと? あなたは能力が使えないはずじゃなかったのですか」
「ええ、これで縛りつけられてる間は」
とっくに自由になってた両手をロウに見せる。
「そんな! いつの間に」
「アニキが最初に撃った弾を、宗馬が重力を操って跳弾にして物理的に縄を切ってたの。わたしたちからすれば、どうってことのない芸よ」
ロウの息を飲む音が響いた。
「動かないで! もうあんたが逆立ちしても、わたしにたちは勝てないわ」
ロウがおとなしく動きを止める。ほっほっほ、能力さえ戻ればこんなものよ。
「というわけで、テチ。諦めてもらおうか。もう元の世界には帰れないけどな」
元の世界……ロウって言うより、おそらくその体の中にいるテチって生命体が、次元異常を起こしてる中心なのね。
「ククク……あなた方こそ私を甘く見過ぎていませんか。私はテチなのですよ」
「分かってる。だからこうやって手加減無しでやるつもりだ」
ふたやの中でも2番目の大きさを誇る宗馬の気が膨れ上がり、痛みに泣き叫ぶアニキは、開放された気をまともに食らって失神した。
宗馬がここまで能力を開放するなんて、初めて見たわ。
これほどまでしないといけない相手なんて……テチって一体?
……あ。
思い出したわ! むうの地にある、注意すべき次元生命体が記された本に載ってた。
パラパラとしか見てなかったけど、テチのページだけは読んだ覚えがある。
……テチじゃない。宗馬が恐れてるのはテチなんかじゃないわ。
わたしの額から汗がにじみ出た。