手加減なんてしてられないわ!
イヤな部屋は10m四方の大きさで、無造作に掘られたむき出しの土がそのまま壁になってる。中に入って壁を探ると何か仕掛けでも……ないわね。どうなってるのかしら?
戻ってもう1度出口を探すしかないわね。面倒だけどさっきの部屋なら、何か地図でもあるかも知れないし。
文句を言ってもしょうがない。また長い廊下を通ってさっきの部屋に着く。
留守番は2人だったわね。
中桐さんを通路に座らせて置いて、ノックと同時に中に入った。
「はぁ~~~い、お待たせ!」
「……は? なんの、用だ?」
あっけに取られて、片方がとぼけた声を出す。もう1人は口をポカンと開けたままわたしを見てる。
狙ってはいたんだけど2人とも鈍いわね。
こんな時、宗馬なら意味なんて考えないで『おう、待った待った。おかげで足の爪が5mは伸びたぜ』なんて訳の分からない返事がすぐに返ってくるんだけど……あれって絶対に脊椎反射よね。
呆けたまま立ち上がろうとする前に、彼らの目の前に踏み込んで、かる~くデコピン。2人とものけぞって気を失った。
「おやすみなさ~い」
手ごたえないわ。
中桐さんを中に運んで、調査開始よ。いくつもモニターが並べられた、1つしかない机の引き出しを調べようかと思ったけど、その前に壁に貼ってある地図が気になった。
香港の地図……まあ、企業が地域戦略や、ここまで拡げるぞ! なんかの意気込みで貼ってあるものと同じよね。
分かってるのに、ついつい引きつけられるってことは見ろってことね。あ、やっぱり。何か印がついてるわ。
全部で6か所。アニキの言ってた『点』の場所しか考えられないわ。
だとすると、1つだけ塗り潰していないここが宗馬が運ばれて行こうとしてる場所ね。
《宗馬、この地図見える?》
これまで見聞きした情報と一緒に、わたしの目に映る映像を送る。
《ああ、オレが運ばれようとしてる場所は……結構離れてるな……他の点を確認しに行ったやつなら、1番近い場所で、そこから往復で30分が最短距離だな……》
往復で30分。それがわたしの出口を探すタイムリミットね。探せなきゃどんな強引な手段でも取るしかないわ。
《おかしいな? もう1度、地図見せてくれないか》
地図の映像を見ながら宗馬がつぶやいた。
《わたしあんまりゆっくりしてられないんだけど》
《すまん少しだけ、やっぱり変だ。点……その結界の形……どこかで見たような》
《形?》
《五芒星でも六芒星でもない。6か所なのに全体の形は四角形で、向き合う辺の途中、ほぼ真ん中に残り2つの点がある》
《何よそのゴボウ、ロクボウって》
《五芒星ってのは正五角形をひとふで書きにした紋章でテトラクラマトンやペンタグラム。
六芒星は正六角形、三角形を互いに組み合わせたカゴメ紋。ソロモン王の印章でイスラエルの旗や伊勢神宮の燈籠にも刻まれてるだろ。
他には安倍晴明とか蘆屋道満のセーマン・ドーマンなんか……》
ああ、分かるわ。とりあえず宗馬がなんかのオタクってことは。
《もしもし夢ちゃん、オレの大学院での専攻、東洋宗教史なんだけど》
《そうだったの? てっきりお笑いの予備校に通いながら、大学院に遊びに来てるのかと思ってたわ》
《なんだと! お笑いをなめんじゃねぇ!!》
《なめてんのはあんたでしょーに!!!》
もう! 話が進まないわ。
《……いや、止めて済まね。早く中桐さんを安全な所へ連れて行ってあげてくれ。
コイツらがオレを六点目に配置し終り次第、そっちに駆けつける》
《期待しないで待ってるわ》
返事して映像を送るのをやめた。
ほんとは期待してないわけじゃない。ただ、人をあてにしてると次元バランス修正中は命取りになる。
そういう事例をいくつも見て来たのよね。
机の中はどうしようもないほど、何もない。コイツら何考えてるのかしら。
女の子さらうにしては余りに不用心だし、人間を生け贄にする呪術を施すほどの組織力も感じられない。
無造作に並べられたモニターはブティックの様子を淡々と映し出してるだけ。
とにかく分かったのは、ここにいても物事が何も解決しないってこと。
こうなったらあとは行動あるのみよ。
わたしのまだ通っていない通路、もう通った通路にある部屋の1つ1つを確認しながら地道に出口を探すことにした。
とんでもないことに、あの事務所として使われてた部屋と、中桐さんが放り込まれてた部屋、それにブティックから落とされた部屋以外、すべて死体……ミイラが積み重なってた。
ますます意図が読めないわ。
堂々巡りをしてるうちに時間だけが過ぎて、30分はあっと言う間に過ぎた。
事務所で倒れてる2人から、わたしたちが逃げたことはすぐにバレるはずだから、あとはもうあいつらに出会わないように祈るだけだわ。
なんとか全部の通路と部屋を確認できたけどいっそう訳が分からなくなった。
階段はおろか、梯子さえ見当たらない。
どうやって地上と行き来してるのかしら? 確かにアニキたちは外に出られたはずなのに。
最後の頼みの綱の、最後の部屋ってところで、反対側の正面に隠し扉がある事に気づいた。見た目はぜんぜん分からないんだけど、その向こうに空間があることだけは分かる。
この部屋にはミイラも転がってないし、これまでの部屋にそんな扉なかっただけに、期待大だわ。
開け方が分からないから、壁ごとぶち壊すと、崩れ落ちる壁の向こうに通路がのびてる。
そこから先は分かれ道のない1本道だった。何度か曲がりながら、やがて1つの部屋の入り口にたどり着く。
この先はない。ここが隠し扉の到達点ね。扉の取っ手をつかんだとたん……。
開けちゃいけない!
わたしの心の中の警報が鳴り響いた。
でも、もう残ってるのはこの部屋だけ。ここも他と同じようにミイラが転がってるだけかも知れないけど、ここがダメなら、もう他に出口なんてないんだから。
開けないで!
警報がいっそう強くなる。
息を止めて、そんな心の叫びを押さえこんで、これまでよりもっと注意深く扉を開くと……足元に冷気が流れて来た。
中は真っ暗でよく見えないけど、雰囲気が他の部屋と明らかに違うわ。
恐る恐る中に入って、入り口のわきを手で探ると電灯のスイッチがあった。
一瞬迷ったけど、明かりをつける……。
そこにあるものが何なのか考える前に、カチッとわたしの中の『スイッチ』が切り替わった。
女の人がいる。それもたくさん。
もちろんミイラじゃない。
うんうん。これと似た光景は見たことあるわ。日本でも見かけるもの。
でもわたしは見るのもイヤ。
肉屋の冷蔵庫なんて。
たくさんの女の人が、裸でレの字の形をしたフックに足首を貫かれて逆さに吊り下げられてる。
首を切り落とされて、血抜きされてる人や、皮を剥がされて人間だった原形だけ留めてる人もいた。
左側の棚には切り落とされた頭が並べてある。
その下には無造作に内臓が入れられたケースが整然と置かれてる。
右には調理台があって、大きな包丁や鍋、ひき肉を作る器具なんか調理器具がひと通り置いてある。
その台の上に肉の塊と、脳ミソを取り除かれたらしい女の人の頭がこっちを見てる。
舌が切り落とされてるわ。
同じ教室の子だったかしら? 焼き肉の中ではタン……舌が最高に美味しいって言ってたの。
日本でも見かける青いポリ容器のゴミ箱から突き出してるのって、やっぱり骨よね……人間の。
「ぎ、ぎゃああああああ……」
中桐さんに耳元で凄い悲鳴を上げられたことに驚いた。
一番気づいて欲しくない時に目を覚ましたのね。
ああ、耳がキーンとなってる。
あわてて部屋から飛び出した。
「きゃああ! きゃあああああ……」
パニックに陥ってる。ショックで目の焦点さえ合ってないわ……ムリもないわね。とても背負っていられないわ。
わたしたちには、いくつかの異次元生命体のような余りにもとんでもないモノを見ないといけない機会がある。
そんなのを前にしておかしくなってたんじゃ話にならないから精神的なブレーカーが働くの。わたしはそれをスイッチって呼んでる。
状況を理解して行動はするんだけど、完全に無感動になるのよね。
「きゃああああああ!!」
ダメ、このままだと彼女はおかしくなる。それに居場所をふれてまわってるようなものじゃないの。
「中桐さん聞きなさい!」
気を大きめに開放して、彼女の腕をグイッと強引につかんで、悲鳴に負けない大声を出した。
とたんに彼女はわたしの迫力に体を強ばらせながら押し黙った。
「わたしよ、分かる? 万代夢!」
「う、う、う、万代……さん」
少しだけ視線に焦点が合って来た。
「ここはブティックの地下。逃げるわよ!」
「ブティック……逃げる……」
パニックの次にくる放心状態に陥ってる。
「さっきの人たちみたいに、殺されて食べられるか、それとも藤澤さんに会いたいかどっち?」
こんな時は考えさせちゃいけない。わたしの気を少しずつ送り込んで、精神回復の手助けをしながら強く話しかける。
「殺されて食べられるか……藤澤さんに……」
彼女の目が恐怖の色で焦点を結んだ。
でもただの恐怖じゃない。藤澤さんって希望を持たせることで、自分から正常になろうって気持ちが働くのよね。
「どっち!?」
「逃げる! 藤澤さんの所に戻る!」
「そうこなくっちゃ!」
まだショックの抜け切らない中桐さんの肩を支えながら、もと来た道を引き返すと……来たわ。
声を聞きつけた連中が集まって来た。
おかしいわ。これだけの人数、いったいどこにいたのかしら?
わたしが見た6人と、宗馬を運んでる分も合わせると、全部で10人にも満たないなずなのに。
「中桐さん、わたしにおぶさって」
「え? でも……」
むりやり手を取って背負う。
「しっかりつかまってるのよ!」
現実にこれだけの人数がいることには間違いないんだから、考えてもしょうがない。
彼女を気の中に取り込んで護りながら、気圧の塊を連中投げつけた。
気圧って言っても、その密度と表面の速度はコンクリートでも砕くのよ! あんな酷いことする連中に容赦なんてしないわ。
連中が次々吹っ飛ぶ合間をぬって走り抜ける。こうなったら目指すのはあそこしかない。
だけど、かろうじてよけた1人がわたしの隙をついて不用意に目の前に現われた。
腕を振り上げようとしてたところだったから、手加減なしで殴りつけてしまった。
相手は10mも先の天井にぶち当たって、廊下に叩きつけられた……容赦しないって言っても、死なない程度にってつもりだったのに。
他の連中には外さないように、気圧を当てて、様子を見に行く……これって殺人よね、中桐さんっていう目撃者背負ったままの。
イヤだわ。コイツらと同じ人殺しになんてなりたくない。
でも、おかしいわ、行動中に世界がわたしたちの不利になるようなことはさせないはずなんだけど。
生きてますか?
ムリだとは思うけど。
近寄ってソレを見ると、背後で中桐さんも息を飲む音が聞こえる。
完全に死んでる……でもわたしが殺したわけでもなさそうだ。
これは、ミイラ……?
「何? どういうこと」
とまどってると、気圧が当たって倒れてた連中がゆっくり起き上がって、わたしたちを取り囲みはじめた。
「どうして? あれが当たったんなら当分は入院生活が待ってるはずなのに~」
「万代さん、ひょっとするとこの人たちって、何かに操られて、普通の人間に見えてるだけで全部ミイラなんじゃないかしら」
よく見ると、腕がなくなってるのや、お腹に穴が開いてるのもいる。
その欠けてる付近は、ミイラ化してる。
中桐さんのナイスな提案。でも……。
「だからって、ぶっ倒したあとで人間でしたじゃ、シャレになんないわよ」
「万代さんは食べられてもいいの?」
あははは! 中桐さんってば、いざって時に度胸が座ってるじゃないの。
「だったらわたし本気でやるけど。中桐さん、共犯覚悟でいい?」
「いいわよ」
たぶん今は精神が一種の狂奔状態なのね、でもこの状態の方が都合がいいわ。わたしが相手に注意して攻撃すればいいんんだから。
取り囲まれた相手は……そのつもりで見ると確かにみんな人間じゃないわ。
抜け殻が、何かの力で動かされてるだけみたい。
だったら問題ない。
圧縮した気圧を狭い通路に放出すると、抜け殻たちが気圧でバラバラになりながら吹き飛ばされる。
これまで見て来た部屋に転がってたミイラが、全部操られて襲って来るんだったら、その数は相当なものだわ。よけいな相手はこの段階で始末しておくに越したことない。
空気の塊じゃなく、ズレ……つまりはカマイタチを周囲にいくつも作って配置した。これからわたしたちに近づくあらゆるものは、無残に切り裂かれることになるのよ。
残しておいた気のあとをたどって、中桐さんとわたしが最初に落とされた小部屋を目指した。あの上なら間違いなくブティックにつながってるし、床の強度も予測できる。
通路の向こうから、また新しいミイラの群れが現われる。動きは早くないけど、遅くもない。
無造作に近寄った1人が、体をズタズタに切り裂かれて崩れ落ちた。
他のミイラはそれを見ても、何も考えずに近づいて来る。
少しは脳みそ使いなさい! って、使う脳が干からびてるんだからムリよね。
途中で何人もミイラどもが襲って来たけど、わたしの能力にはとてもかなわず、みんな元通りのミイラにもどって行く。
でも多勢に無勢、中桐さんを護りながらさすがにこれだけの数を相手にするのって辛いわ。なんせバラバラにしない限り、いつまでも動いてるんだから必要以上に能力を使わないといけないし。
「ここね」
ようやく目的の部屋にたどりついた。内側からその辺に並べられてる物を、手当たりしだいに積み上げて扉を塞ぐ。
「でもどうやって、上に登るの? 足場になるような物は扉を塞ぐのに使ったし」
「ぶち破るから。ちょっと離れてて」
わたしの言葉に、彼女はあっけにとられてる。でも今はそれを気にしてる暇はない。
彼女が部屋の隅に寄るのを確認して、頭の上に腕を十字に組んで、天井めがけて思いっきり飛んだ。
轟音とともに、勢いあまって一階の天井までぶち抜いてしまったけどいいわよね。ブティックの店員は、いきなりのことに金縛りになってる。
慌てて飛び降りて中桐さんを見ると、彼女も信じられないものを見るように、わたしを見て金縛り。地下の小部屋の外にミイラが集まってる。
えい! 面倒だわ。扉が破られる直前、地下に飛び降りて、うむを言わさないで中桐さんを抱えて地上に飛んだ。
間一髪。小部屋にミイラがなだれこむ。
危ないところだったわ。さすがに彼女もこんなわたしの行動にまだ呆然としてる。ムリもないけど。
とにかく、外に出ればわたしたちの勝ちよね。もう、あいつらも手出しできないんだから。
金縛りのままの店員を無視して、意気揚々と出口に向かう……ああ、やっと出られた。お日様の光ってやっぱり気持ちいいわ。
「万代さん……」
中桐さんが怯えながら話しかけて来た。
「もう大丈夫よ。あそこから出られたんだし、人目も多いからここまでは追って来ないと思うわ」
「そうだけど、あなたって一体……」
中桐さんがやっと冷静になってそう言いかけた時、誰かに腕をつかまれた。
何?
見ると、身なりのいい青年が無表情にわたしの腕をつかんでブティックに引っ張って行こうとしてる。
何なのよ? コレは!?