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世界の指示なら仕方ないわね!

 この世界、この次元は『初めからあるもの』だけで存在してる。

 宇宙のどこかで星が爆発しても、赤ちゃんが生まれても、それは状態が変化しただけで世界の中は何も変化しない。

 全体のバランスが保たれた状態が続いてるだけ。


 このバランスが乱されることは滅多にないけど、偶然、あるいは意図的に『異次元』からの侵入で乱される場合がある。

 異次元からの侵入はこっちの次元にとって病原体、ウイルスに当たる。

 人の体に例えるなら、病気と同じ状態が世界に起こったと言えるのよね。

 だから世界はそれに対抗するため、免疫の役目を持つ突然変異を創り出すことにした。


 それがわたしたち。


 わたしたちには異次元から侵入があった時に修正できるよう世界から特殊な能力を任されていて、中でも大きな能力を持っている28人は『ふたや』って呼ばれてる。

 なんでそう呼ばれるかは知らないわ。わたしがなった時からそう呼ばれていたもの。

 わたしと宗馬はその中の1人なのよね。

 本気で能力を出したら普通の人の精神力・体力と比べて500倍に達する。

 だからと言っていつでもそんな能力が出せるわけじゃなく、能力を必要とした時だけ出せるようになってる。

 そのあたりはスゴく便利ね。

 特殊な能力には、光。分子。空間。電気・電磁波。気圧。温度。重力。音波の8つのがあって、それぞれの能力の強さに応じて操れるの。

 で、わたしは気圧を操ることができて、ついでに宗馬は生意気にも重力を操る。

 この集団の名前は決まってない。『ツの者』って呼んでる人もいるけど、わたしたちの中で、わたしたちって言えばそれで通じるし必要ないのよね。

 もちろんわたしたちは外見で見分けはつかないし、ごく普通に社会生活してる。

 遺伝子レベルで調べてもわたしたちのことはバレないと思う。

 もちろんこれは親も知らない。中にはまだ自分自身がそうだってことに気づいていない人もいるはずよ。

 この能力を持ってるわたしたちが次元バランスを修正してる最中、世界は目一杯、奇跡を起こしてくれる。

 それこそ何万分の1の偶然が起こることも珍しくないわ。

 次元の矛盾を修正するための世界の矛盾……矛盾してはいるけど、これまでの次元バランス修正は、いつの間にかうまく行ってるってケースがほとんどだったわ。

 で、そんな修正が必要になった時には……どう言うんだろ?


 なんとなく分かる。

 耳元でささやかれるって言うのかな。

 だけどそれは明らかに気のせいじゃないって断言できるささやきなのよね。

 うっ! だとすると急に香港に行きたくなったのも偶然じゃないってことなの? そんな~!


「俺はさっき、空間を操る能力で日本から送ってもらったばかりなんだ」

「分かったわ」

 そういうことなら断われない。

「というわけでヨロシク~」

 そう言って仰々しく頭を下げると、わたしを見てニカッと笑う。

 また元のおちゃらけ宗馬に戻った。できれば戻らないで欲しいわ。

 黙ってる宗馬はカッコイイんだから。


「宗馬?」

「なんだい? 夢ちゃん」

「世界からは『わたしとともに』なのね」

「そうだよ。夢ちゃんとともに、な」

 いちいち名前を呼ばないで!

「ってことは、あんたはただの付録とみなして、わたしは好きなように行動していいってことね」

「う、それは」

「それにさっき、ガイドもしてくれるって言ってたから、ついでに頼もうかな」

「ヘイヘイ。姫さまのおっしゃる通りに」

 ほっほっほ。


 わたしは従者を従えて街に出た。

 冬の空気はピンと張りつめて、行き交う人たちを凍えさせてるけど、わたしたちは能力のおかげでほとんど寒さを感じない。ただ吐く息だけが白いだけ。

「姫さまはどんな所に行きたいでごわす?」

「そうね、とりあえずこの国の歴史とか文化が分かる所に行きたいな」

「おう、オラにまかせな。この国を紹介せよとの願い、確かにかなえてしんぜよう」

 無茶苦茶だわ。

「もう、宗馬。普通に話して」

「オラはこれが普通なんだわね」

「だから、やめてって……」


 ……やめた。いくら言ってもムダだったんだわ。

 こいつはわたしがムキになればなるほど、面白がるんだから。

「あれ? 夢ちゃんどうしたの?

 いつもはもっと遊んでくれるのに。宗馬くん寂しいでちゅ~」

 無視無視。

 あ、そうだ。考えてたものの、大学では恥ずかしくて、とてもできなかった攻撃パターンがあったんだっけ?

「せんぱぁい♪ いったいどんな所に連れて行ってくださるんですかぁ?」

 急に振り返って目をキラキラさせながら、憧れの人を見るように、顔をのぞき込んでやった。 

「え? し、知りたかったら、俺の靴を舐めてみろ!」

「できるかぁ!」

 グボッ! と、左ボディブロー。

「ぐはっ!」

 急所はよけられたものの、モロに入った。

「やった! 初めて決まったわ!」

 入学以来、3年目にして初の快挙よ。ふっふっふ、今日はいい夢が見られそうね。

「……も、もう少し手加減しろ……」

 額に脂汗を浮かべながら、苦しげな声を上げる。

 う~ん。一瞬とまどったようだから、この攻撃パターンは有効のようね。ちょくちょく使うことにしましょ。

 それでも宗馬ってすぐに回復するのよね。まあ、ふたやなんだからあたりまえだわ。今のボディブローだって、普通の男の人だったら、かる~く内臓破裂よ。ハ・レ・ツ♪

 それからは少し懲りたのか、おとなしくあちこちの観光地を案内してくれた。

 そうそう、いつもこうならちょっとは可愛い気があるのに。


「……とりあえず駆け足で周ったけど、初めての香港にしては、だいたいのポイントは押さえられたと思うな。続きは明日からってことで……」

 確かに、わたし1人だとこんなにテンポよく周れなかっただろうな。

 なんと言っても宗馬が通訳してくれるおかげで、言葉に不自由しないっていうのが特典よね。ホテルに戻る時間までかなり楽しめたわ。まあ、少しは見直してあげる。

「ところで宗馬は泊まる所どうするの?」

 ツアーに入っていない宗馬に、あのホテルに予約なんてないわよね。

「何言ってんだ? 世界からは夢ちゃんとともに行動するように指示されてるんだぜ」

「だから?」

「とーぜん同じホテルに泊まる」

「でもあんたの部屋なんてないわよ」

「チッチッチ……夢ちゃんのツアー、部屋は完全に個室制だろ。内緒にしておけばバレないから、一緒に泊まってやるぜ」

「へ?」

「なんせ、ともに行動するんだから、ベッドも一緒に使わないとな。ヒッヒッヒ……」

 ……………。

「風呂も一緒に入ってやるし背中も流してや……うぉ!」

 変態面めがけてハイキック。でも両腕で防がれた。チッ!

「この変態!」

「冗談だよ、冗談! ほんとはオレも同じホテルに部屋とってあるんだ。504号室」

「なんでわたしの隣なのよ!」

「そりゃ決まってるだろ、オレがここに来た目的は、次元バランスの修正だからな」

「『世界はそのために偶然を用意する』か。わたしは観光旅行のはずだったのにな……」

「まあ、あと2日あるんだから、その時までのんびりいこうぜ。夢ちゃん」

 お気楽なやつ。『それ』がいつ起こるか分からないっていうのに……。


 ホテルでの夕食。各テーブルの上に、ものスゴい量のごちそうが並んでる。

 なんでも半分くらいの人がガイドブックを頼りに地元の屋台に食べに行って用意されてたツケがこっちに回って来たらしい。とてもこの人数で食べきれるとは思えない。

「わぁ! スゴい。美味しそう!」

「やっぱり高いホテルに泊まると、出て来るものが違うな。あの料金でこれだけ出るとは」

 隣の席で藤澤さんと中桐さんが歓声をあげてる。香港慣れした藤澤さんがわざわざホテルで食べるのは、まずは中桐さんに観光用の料理を食べ比べさせたいかららしい。

 明日はいよいよ藤澤さんの本領発揮ってところね。


 だけど、この料理を前にしてわたしは手が出せない。

 うちが八百屋だからってわけじゃないけど、わたしは肉アレルギーなのよ。

 だから生まれた時から肉を食べずに育てられて、小さいうちは何の疑問も持たなかったのよね。ところが小学校で初めて食べた給食で食中毒を起して病院に担ぎ込まれた。

 それ以来、わたしはいつもみんなと違うものを食べてた。

 おかげで周りの子から変わった目で見られ、高校生まではどっちかって言ったら暗かったのよね。

 そのことで両親を恨めしく思ったこともあったけど、大学に入って……悔しいけど、宗馬に会ってからその悩みが解消できた。

 あの頃のわたしはまだこいつのことを知らなかった。信じられないくらいスゴく真面目に話しかけて来たんだから。

 今思い出したら笑っちゃうわ。初対面の宗馬のイメージなんて、口が裂けても言いたくない。

『カッコいい先輩』だなんて。でもサークルと偽って連れて行かれたふたやの仲間たちの所でわたしはわたしの使命を知った。

 そしてその使命を持つ者は全員がなんらかの形で肉類が口にできない身体……宗馬も含めたほとんどがアレルギー体質になってるってことも知った。

 今日まわった観光地でも食事に苦労するはずだったけど、宗馬の案内でわたしでも食べられる料理を食べることができたのよ。

 さすが食文化の深い国だけあって、豆腐料理なんか色々参考になったわ。そのあたりも宗馬のおかげって言えないこともないけど。

 この料理もツアーの料金のうちって考えると、ちょっともったいないけど……わたしが食べられる料理なんて、まったくないってほどない。

 おなかすいたわ、くだものでも部屋に持って帰ろうかしら。

「失礼いたします」

 ボーイさんが、綺麗な日本語で話しかけて来た。

「なんですか?」

「あちらのテーブルの方が、お客様にこの料理をお出しするようにと言われたのですが……」

 お盆に乗せられてるのは小量の茹でた野菜にご飯とスープ。ツアー用の料理と違って、スゴく質素に見えるけど、わたしが普段食べてるのもこのくらい。指された方を見ると、宗馬が見せられた物と同じ物を食べながらニカッと笑ってる。

 ふん。

「多謝。ありがとう。いただくわ」

 ボーイさんからお盆を受け取る。

《どうせならもっと早く注文しなさいよ!》

 わたしたちの間なら伝えたい意思はお互いに通じるから、周りに聞こえないよう文句を言ってやった。

《しょうがないだろ。ホテルの連中、夢ちゃんが菜食なんてなかなか信用しなかったんだ。しばらく様子を見させて、やっと納得させたんだぜ》

《どーもご親切に!》

 舌を出して意識が伝わらないようにする。ほんとは感謝してるけど聞こえたり、改まって言うのは恥ずかしいじゃない。


 食事が終わり、部屋に戻ってしばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」

「やっほー! 夢ちゃん。オレオレ!」

 ドア越しに返事をすると脳天気な声。

「間に合ってまーす!」

 ……ったく、せっかくの異国の夜の雰囲気をこわさないで欲しいわ。

 しばらくして、またノックする音がした。

「何よ! しつこいわね!」

 驚かせようと思って、いきなりドアを開くと宗馬の姿はなく、中桐さんが驚いた顔で立ってた。

「ご、ごめんなさい……」

「ああ! ごめんなさい! 宗馬と間違えて」

「宗馬?」

「ううん、なんでもない。それよりどうしたの?」

「あ、これから克俊さんとライヴハウスに行こうかと思うんだけど、よかったら万代さんも一緒にどうかなと思って……」

 あ、そうか。つい、いつものクセでそろそろ寝ようかと思ってたんだけど、明日は市場に行かなくてもいいんだった……八百屋の生活が体に染み込んでるわね。

 ライヴハウスなんて日本じゃ行ったことなかったわ。ちょっと行ってみようかしら。せっかく誘ってくれてるんだもの、この機会に1度見てみたいわね。

「おじゃまじゃなかったら」

「おじゃまだったら誘わないわよ」

 わたしより年上のはずなのに、子供みたいに笑う中桐さん。ほんとに幸せいっぱいってところね。


 ホテルからすぐのライヴハウス。

 なんでも、ここは若手アーティスト育成のために作られたらしい。

 ギャラリーや小劇場まである。

「ライヴ音楽はホテルのラウンジで楽しむのが普通なんだけど。こういうのもいいだろ」

 いいだろって言われても、知らないから比べようがない。

 でも藤澤さんってさすがに慣れてるだけあってよく知ってるのね。週末だけに行われるっていう、音楽ライヴを楽しむことができたわ。

 ライヴってこんな感じなのね、ちょっといいわ。日本に帰ったら誰かの行ってみようかしら。少し離れた席に宗馬がしっかりついて来てるのは分かってたけど無視しておく。


 次の日は7時頃まで寝てしまった。こんな遅くまで眠ってたのは久しぶり、いつもは5時に起きて市場に行ってるのに……なんだか、かえって体がなまりそうね。

《宗馬、起きてる?》

 隣の部屋の宗馬に意思を伝える。

《もう少し寝かせてくれ……》

 もう! 情けないわね。

《さっさと起きて! 気合い入れて案内してもらうわよ!》

《ふえい……分かりやした》

 ったく。わたしはさっさと起きてシャワーを浴びる。うん、やっぱり気持ちいいけど……この水、やっぱり日本のとは違うわね。まあいいけど。

 髪をといて、うすーくお化粧。お化粧すればするほど地膚が本来持ってる再生力がなくなって肌に潤いがなくなるのよね……なんたってわたしは元がいいからお化粧する必要なんてないのよ。

 な~んて、自分で言ってりゃ世話ないわ。

 そうしてるうちにノックの音。

「おーい。オレの方は準備オッケーだぜ!」

 廊下で大声出さないでよ。

「もうちょっと待ってて!」

 5分ほどで部屋から出た。

早晨おっはよ、夢ちゃん」

「おはよ宗馬。今日はどこに案内してくれるの」

「そうだなぁ、ちょっと散歩でもするか……」

 眠そうに、そんな適当なことを……。

「テキトーにって思ってるだろ」

 文句を言う前にさえぎられる。

「まあ、健康にもいいしな」

 やっぱり適当じゃないの! って、もうさっさと歩き出してるわ。

「待ってよ宗馬」

「ああ、でもその前にちょっと電話ぁ」

 気の抜けた返事にはぐらかされ、2分くらいたって戻って来る。

「ママの声が聞きたくなったの?」

「うん、そうでちゅ。今は夢ちゃんに甘えてるって答えておきまちた」

 ……ふらなきゃよかった。

 ホテルを出てどこに行くのかと思ったら、いきなり地下鉄の駅に入って行く。

「何? 宗馬。散歩じゃないの」

「散歩だよ~ん」

 ヘラヘラしながら切符をくれた。

 地下鉄に乗ってる間も、宗馬はずっと香港の歴史やなんかをエピソードを交えて話す。

 よくそれだけ知ってるもんね、そっちの方が感心するわ。

 コーズウェイ・ベイで降りて、地上に出て3分くらい歩くと広い公園に出た。


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