なんであんたがここにいるのよ!
立ち並ぶビルの間を抜けて、飛行機が香港に到着したわ。
お正月休みを利用しての、生まれて初めての海外旅行よ!
大学に通いながら、ずっと自宅の八百屋を手伝ってたんだから、いいわよねこれくらい。お正月は青果市場も休みだし。
それにしても、わたしが海外に行きたくなるなんて思いもしなかったわ。これまでぜんぜん興味なかったのに急に思いついたのよね。
まあ、ツアーの料金が豪華なホテルの割に格安だったってこともあるんだけど。
でも、やっぱり1人は少し不安だったから何人かの友達に声をかけたけど、みんな予定が詰まってて結局わたしだけで行くことになったのよね。
ふん。どうせわたしには彼氏なんていないわよ。いいのよ、いいの。わたしはわたしで思いっきり遊んでやるんだから、ほっほっほ。
飛行機を降りたあと1階到着ロビーでホテルの場所や危険地区なんかが簡単に説明される。分かってるわよ、変な所になんか行かないし早く解散して欲しいわ。2泊3日なんだから時間を少しでも有効に使わないといけないのよ。
説明が終わると同時に参加者がバラバラ散って行く。
さて、わたしも。
「私たち両替済ませたあと、先にホテルに寄って荷物を置いてから出かける予定だけど、万代さんはどうする?」
飛行機の中で知り合った中桐さんと藤澤さんが話しかけて来た。2人は今年の春に結婚する予定で、今回は最後の婚前旅行なんだそうだ……ええい! もちろんうらやましいわよ。
「じゃあ、わたしもそうしようかな。そのあとは1人で街を見てまわることにするわ」
わたしだって野暮じゃない、おじゃまする気なんてないわ。
「そう。じゃあ行こうか」
藤澤さんが慣れた足取りで歩き出す。
「彼ね、知り合う前から1人でよくこっちに来てたんだって。
この街の雰囲気が好きだからって。だから彼といればガイドマップなんていらないの」
中桐さんがニコニコしながら話す。そうそう、おかげで色々なコツなんかを教えてもらえて、とっても参考になったわ。もうほとんど覚えてないけど。
藤澤さんの案内で、空港からは主要ホテルを経由するバスに乗った。
タクシーを使うよりも3分の1くらいの料金で済むらしいけど、1人だとどれに乗ればいいのか分からないわ。
「それでね、新婚旅行もここにしたかったらしいんだけど、私がどうしてもオーストリアに行きたいって言ったら、違う形で記念になる香港旅行がしたいって、今回来ることになったの!」
ものスゴく嬉しそうに、中桐さんが話し続ける。
「あ、はは……そうなの」
次は絶対、彼氏と来るぞー!
ホテルに荷物を預けて身軽になったと言っても、最初からそんなに荷物は持って来てないんだけど。
「じゃ、俺達はこれで」
ロビーで別れた。さて、どこに行こうかな。
椅子に座ってガイドブックを広げる。グルメや買い物なんてどうでもいいわ。
やっぱり異国に来たんだから、その国の文化や歴史に触れないといけないわよね。ここセントラルからだと地下鉄に乗れば2つ目に香港歴史博物館ってのがあるわね。
あら、このサムサアチョイのあたりけっこう集中してるわ。まずここに行って見ようかしら? それとも先にワンチャイの香港芸術中心の方に行こうかな。やっぱり実際に現地に来ると日本で考えてたルート以外にも、ついつい目が行くわ。
まあ、わたしは行き当たりばったりってのが性にあってるんだけど。
とにかく、こんな所でウダウダしてても始まらないわ、行動しなきゃ。
そう思って椅子から立ち上がった。
「やっほー。ずいぶん熱心にガイドブック見てるけど、香港は初めて?」
ものスゴく軽薄な声が聞こえてきた。
まさか……まさかこんな所に来てまで、この声を聞くことになるなんて。
聞こえないふりして、正面玄関に向かう。
「ねえ、ガイドはいらない? 初めてここに来る日本人は危ないよ」
声の主があとを追いかけて来るけど、もちろんそれも無視。
「オレだったら何度も来てるし、英語も広東語もオッケーだし、ガイドには最適なんだけどな」
ええい! 却下よ却下。
「どうしたの? 聞こえないの? 夢ちゃん」
とうとう耳元まで顔を近づけて来た。
「ええい! うっとおしい!」
思いっきり左手をその顔めがけて振り払ったけど、いつも通り、あっさりかわされた。
「ほ~ら、ちゃんと聞こえてたんじゃないか」
「なんであんたがここにいるのよ?」
「神出鬼没の宗馬くんとはオレのことだ」
答えになってないわよ!
とうとう返事してしまった。
わたしの顔を見て笑うコイツは、同じ大学の六郷宗馬。わたしより3年上で大学院生をやってる。確かに見た目はカッコいいし、スゴく気さくな性格だから女の子にちょっとはモテる。
でもその性格が問題。ものスゴいお調子者なのよね。そりゃあ、わたしもお店でお客さんに愛想はいいけど、コイツみたいに四六時中おちゃらけてるのはどうかって思う。
だから近づかないようにしてると、逆に何かとちょっかいを出して来るおかげで、大学でも顔を会わせるたびに喧嘩してしまう。
わたしは本気でイヤがってるのにコイツはそれを楽しんでる。周りの子に『いいコンビ』なんて言われた時には、どうしてやろうかって思った。
そもそもわたしの名前は『夢』って書いて『のぞみ』なのよ! そりゃあ一度で読めないってのは分かってるけど、ちゃんと自己紹介して、読み方も教えたにも関わらずこいつは『ゆめちゃん』と呼び続ける。
ほかの友だちにならいいわよ。ただのあだ名だから。だけど、あんただけにはそんな親し気に呼ばれたくないの!
「せっかく香港まで来てあんたの顔見るとは思わなかったわ」
「そりゃそうだ。オレだって思わなかったもんな」
「ハイハイ。それじゃわたし急ぐから」
もう1度正面玄関に向かう。
「そうだ、夢ちゃんに大事な話があるんだけど」
まだしつこくそんなことを。
「……ぬわによ」
思いっきりイヤそうな顔して振り返ってやった……あら? いつものお調子者の雰囲気が消えて、真剣な表情で見つめてる。
「……な、何よ」
どうせまた何か企んでるんだわ。
「世界から夢ちゃんと行動をともにするようにとあった。こっちで次元バランスに異常があるようなんだ」
それはおちゃらけ宗馬じゃなくて『ふたや』としての言葉だった。
わたしと宗馬のもう1つの共通点。
それは、次元バランスに異常が発生した時にそれを正常な状態に戻すための、人間離れした能力を持つ集団の仲間。
言っとくけど、アヤシイ集団じゃないんだからね!