3章~館内~
弐羽に案内されて『玖代館』の中へと足を踏み入れた葛木は、まず目の前の光景に唖然とした。
そこはまるで一切の穢れを拒絶しているかのように一面を純白が飾り、見るもの全ての脳裏に己を焼きつかせようとしているかのように淡い光を湛えていたのだ。
「これは・・・・・・」
葛木が扉を背に言葉を失っていると、隣にいた弐羽がクスクスと笑い出した。
「驚かれましたか?我が家に初めていらっしゃるお客様は必ずここで足をお止めになるんです。ある意味ではこの館の一番の見所かもしれませんね」
「館中全部がこのような造りなんですか?」
「いいえ、玄関だけです。何故なのかは分からないのですが、玄関から入ってきた人間の視界に入る部分だけ特殊な石が使われているんです」
ようやく葛木の口から出た感嘆以外の言葉は疑問であり、それを受け弐羽はまるで芝居の中の登場人物が台詞を口にするかのように澱みなく説明する。
「弐羽さんも何故なのかご存知ないんですか?」
「ええ、この館が建てられたのは随分昔の事だそうですから。母が言うには戦前だとか」
「成る程」
「・・・まあ、こんなところで立ち話も何ですから」
純白の玄関に関する会話に一区切りつくと、葛木は弐羽に促されるままに玄関を抜け、正面のロビーのような空間へと歩を進めた。
そこは玄関から見てT字路状に廊下が続く造りで、正面奥には上階へと続く階段があった。
今見たばかりの純白の玄関の衝撃で一見地味に見えるが、それでもこの館に相応しい調度類や内装が見てとれる。
「お帰りなさいませ、弐羽お嬢様。・・・お客様ですか?」
葛木がホールのあちこちを眺めていると、階段の方から少女の声がした。
見ると上階から給仕らしき服を着た少女が降りて来る。
「只今戻りました。玲さん、こちら岸間先生がおっしゃっていたお客様で葛木草太郎さんです」
「初めまして、葛木です」
玲さん、と弐羽が呼んだ給仕服姿の少女に葛木は頭を下げた。
「岸間様からお話は伺っています。私はこの玖代家で女中をしております、遠倉玲と申します」
それに対して少女、遠倉も深々と礼を返す。
「玲さん、すみませんが葛木さんのお部屋の用意をお願いします」
「畏まりました。・・・お部屋は岸間様のお隣がよろしいでしょうか?」
弐羽の声で頭を上げた遠倉は、今度は葛木に問いかけた。
「ああ、いえ、お気になさらず。僕は横になれれば十分ですので」
そう答えて葛木が苦笑してみせると、遠倉は一瞬不思議そうな顔を見せた。
「はあ」
「草太郎さん、変な気を遣わないで下さい。お客様をきちんともてなすのも家主の勤めですよ。玲さん、岸間先生の隣の部屋を用意して下さい」
「畏まりました」
呆れたように笑う弐羽の指示で遠倉は葛木達に一礼すると踵を返して階段を上っていく。
「はは、別に気を遣ったというわけでもないんですが。やはりこのくらいの館に住んでいると、人手は要りますか?」
「ええ、基本的にこの家には女手しかありませんから」
そう弐羽が頷くと同時、今し方遠倉が上がっていった上階から今度は別の給仕服姿の少女が降りてきた。
「あ、弐羽お嬢様お帰りなさいませ。・・・そちらの方はどなたで?」
先程の遠倉は葛木と同年代くらいだったが、この少女は弐羽よりも年少に見えた。
「只今、南ちゃん。こちらはお客様の」
「葛木です。お世話になります」
今度は弐羽が紹介する前に葛木が自ら少女に名乗る。
「あ、初めまして。私、玖代家の女中で園尾南って言います。・・・っと、そうだ弐羽お嬢様。先程、奥様がお呼びになっていましたよ」
「お母様が?・・・分かった、すぐ行くわ」
「そうして下さい。では私はこれで。葛木さん、どうぞゆっくりしていって下さい」
「はい、そうさせてもらいます」
そう言って葛木が頷くと、園尾は満足そうな笑みを浮かべ、一礼して右側の通路へと去っていった。
「随分とお若い女中さんですね」
「はい、私の一つ下です。南ちゃんは彼女のお母様の代からこの家の女中をしていて、小さい頃から一緒にいるので姉妹に近い感じかもしれません」
「そうなんですか。すると、お母さんと同じ職場で一緒に働いているんですね」
納得したように葛木が尋ねると、弐羽は少し言いにくそうな顔をした。
「何か?」
「いえ、その、南ちゃんのお母様、由南さんは南ちゃんを生んですぐに亡くなられたんです」
「そ、そうだったんですか。変なことを聞いてしまってすみません」
葛木が慌てて頭を下げると、弐羽も焦ったように首を横に振った。
「あ、いえ気になさらないでください。こちらが勝手に喋ってしまったんですから。私こそ当人の許可も得ずにお客様にするお話ではなかったですね、すみません。・・・・・・その今の話を私から聞いたということは南ちゃんには」
「分かりました、内密にします」
葛木が弐羽の言葉に頷くと弐羽はほっと表情を緩めた。
「お願いします。・・・ええと、では丁度お母様に呼ばれているようなので、そのまま草太郎さんをお母様にご紹介しようと思うんですが、構いませんか?」
「はい、お願いします。ご挨拶は早いほうがいいですから」
「では、着いてきて下さい」
葛木の言葉に頷いた弐羽は葛木を先導して正面の階段を上っていく。
慌てて葛木も、弐羽に続いてロビーを後にした。