2章~道中~
二人は縦に並んで森の中を歩いていた。
少年を先導する少女のお陰で、つい先ほど道らしき道に出ることができたのだが、相変わらず木々に囲まれているので辺りは薄暗い。
それでも、確実に歩みが目的地に向かっているという確信と、一人きりではないという安心感からか、道を踏む葛木の足は先程より力が抜けているようだ。
彼の前を行く少女、弐羽は、時折後ろを振り向いて葛木の様子を確認している。
そんな彼女と目が合う度に葛木は問題ない、というサインを笑みという形で送っていた。
「そういえば、」
ふと、弐羽が立ち止まると、振り向き葛木に声をかける。
「はい?」
「葛木さん、下のお名前は何ていうんですか?」
「ああ、はい。・・・草太郎、と言います」
相変わらず笑顔を崩さないまま、葛木は答えた。
「草太郎さん、ですか。何だか、穏やかそうでお似合いですね。お名前でお呼びしても?」
「ええ、かまいません。・・・・・・そうですね。代わりと言っては何ですが、僕も弐羽さん、とお呼びしていいですか?この後、『玖代』さんとは多くお知り合いになりそうですから」
冗談めかして葛木が言うと、弐羽は一瞬驚いたように目を開き、しかしすぐに笑みを零した。
「ふふ、面白い方ですね。・・・どうぞ、それでおあいことしましょう」
そう言って、弐羽はまた前を向いて歩を進め始める。
葛木はそれに続きながら、今度は自分の質問を投げかける。
「弐羽さん、こんな森の中に住んでいると不便なことも多くないですか?」
「・・・そうですね。新聞なども来ませんし、学校にも片道二時間近くかかってしまいます」
弐羽は今度は歩みを止めずに目線だけ軽く葛木へ寄越しながら答えた。
「学校、・・・学生なんですか?」
「ええ、今年で十六、地元の高校に入学したばかりです」
「え、そうなんですか?」
弐羽の答えに葛木は少し意外そうな声を出す。
「草太郎さんも学生さんですか?」
「はい、今年で十八ですから、二つ僕のほうが歳は上ですね。・・・いやぁ、弐羽さん随分大人びていますから同い年か少し上くらいだと」
「それは、喜んでいいのか、それとも女性としては怒るべきでしょうか?」
先程の葛木の真似か、弐羽が少し冗談めかして聞いてきたので、葛木は苦笑で返した。
それからしばらくは二人とも無言で歩き続ける。
聞こえてくるのは二人分の足音と風で葉が擦れあう音だけであった。
「あ、」
そんな静寂を破らせたのは、目の前に突如広がった真っ白な光景。
生い茂る木々の緑しか存在しないかと思われるような世界の中にあって、その洋館だけが雪のように白く輝いていた。
色だけでなく、その造りも遠い異国の地に来てしまったような錯覚を覚えるほどのもので、こんな森の中だからこそ、まさしく洋館、という存在感を放っている。
「すごい、これが」
目的地に辿り着いたという安堵と、館の威容に葛木が思わず言葉を漏らす。
弐羽はどこか嬉しそうな笑顔を浮かべながら、葛木を館の玄関へと導く。
そして扉の前で再度葛木の方へ振り向き、優雅に一礼した。
「ようこそ、玖代館へ」