宮廷魔術師になって伯爵令嬢と婚約できたけど、黒歴史だらけの故郷の村に帰るのが嫌すぎる
俺は成り上がった……!
13歳の時に故郷を旅立ち、とある魔法塾に入り、本格的に魔法を学ぶ。
その後めきめきと才能を開花させ、王都での魔術大会にて優勝。
ついには18歳にして、定員わずか十数名という王家付きの魔法使い「宮廷魔術師」に選ばれた。
しかもその縁で伯爵令嬢フィノーレ・セレス様と知り合うことができ、婚約することができた。
ご両親とも会い、「未来の当主は君に任せたい」とまで言われてしまった。
まさに絶好調。飛ぶ鳥を落とす勢い。俺に敵う奴などこの世に存在するのだろうかって感じだ。
だけど、ここで思わぬ問題が生じた。
長く艶やかな金髪が麗しいフィノーレ様がこんなことを言い出したのだ。
「リドスの故郷に私を連れていってくれませんか?」
俺は慌てた。
「いやー、はっきり言ってなにもない村ですし、行く必要なんて全くない村だと思いますよ」
「そんなことはありません。我が夫となる男性の生まれ故郷を知る。これは妻になる者としての責務だと考えます」
責務って大げさな……。
俺はなんとか帰郷を回避しようとしたが、フィノーレ様もこういう時は決して譲らぬお人だ。結局二人で俺の故郷に行くことが決定してしまった。
最悪の展開になった。
ひょっとしたら、この婚約は吹っ飛ぶかもしれない。
なぜなら、故郷の村には俺の“黒歴史”が一杯なのだから……。
***
俺の故郷の村には、馬車で丸一日以上かかる。ったく遠すぎんだよ、ド田舎が。
おかげでフィノーレ様との馬車の旅を楽しめたけどな。だから許してやる。
五年ぶりに訪れた故郷はなにも変わっていなかった。のどかな風景が広がっている。のどかすぎるっての。
なにしろ人口100人にも満たない村だ。王都のあの華やかさに比べると、まさに『宝石と石ころ』って感じだ。とても同じ国にあるとは思えない。
馬車を降りて、俺はフィノーレ様とともに実家に向かう。
青と白を基調としたローブ姿の俺と、空色のドレス姿のフィノーレ様が並んで歩く姿は、実に気品漂うものになっている。
だからこそ、誰にも出くわしたくない。頼む、このまま実家に着かせてくれ。
だが、こういう時にこそ起きて欲しくないことは起きるものだ。出くわしてしまった。よりによって最悪な奴――いや奴らに。
「おい……リドス、リドスじゃねえか!?」
そこには俺もよく知っている三人組がいた。
体がでかいブル、赤髪のレット、狐に似てるローエイ。
通称『3バカ』。俺と同い年で、こいつらとはよく悪さをしたもんだ。だから会いたくなかった。
3バカは笑顔を向けてくる。
「リドスーッ! 帰ってきたんだなー! 久しぶりー!」
「可愛い娘さん連れてきやがって! ヒューヒュー!」
「おー、立派になりやがったなー!」
心の中で舌打ちが出る。
話しかけてくんな、バカども。
今の俺はお前らとは住む世界が違うんだ。フィノーレ様に仲間だと思われたらどうすんだ。
「リドス、あの人たちはお友達ですか?」
ほら、聞かれた!
「いやぁ……知らない連中ですね」
とぼけるしかない。あんな奴らと友達と知られたら、せっかくの婚約がパーになりかねない。
「リドスー、また崖で連れションしようぜ、連れション!」
ふざけんな。フィノーレ様の前でそんな言葉使うんじゃねえよ。
「リドス、連れションとはなんなのですか?」
ほら、聞いてくる!
まともに答えたら「汚らわしい! リドス、あなたとの婚約は破棄します!」ってなるに決まってる。
「さぁ……どうも彼らは私を友人だと勘違いしてるんでしょうね。ちょっと頭がおかしな連中なようです」
俺はガン無視してるのに、3バカはしつこく俺に話しかけてくる。
「なぁなぁ、“服を脱がす魔法”は会得できたのか?」
「四人で畑で野菜パクって、ボコボコにされたの懐かしいなー!」
「俺はビッグな男になるぜ、なんて笑ってたよな!」
いちいち黒歴史を掘り返してくるんじゃねえよ。
婚約がパーになったら、てめえら全員魔法でブッ飛ばしてやるからな。
「リドス、彼らの話を聞かなくていいのですか?」
「ホントに知らない連中なんで……行きましょう!」
フィノーレ様を連れて、足早に立ち去った。まったくこんな村に帰ってくるんじゃなかった。
すると、今度は俺がよく遊んでた子供連中に出くわした。
あの頃は5歳ぐらいだったから、今はもう10歳ぐらいになるのか。でかくなったなぁ……。
「リドス兄ちゃんだー!」
3バカのせいで荒んでいた俺の心もほころぶ。
「うん、元気だったか」
「もっちろん! 今は学校にも通ってるんだから!」
よし、ここらで「面倒見のよかったリドス兄ちゃん」として、フィノーレ様の点数を稼ぐのもいいだろう。
しかし、ここでも過去ってのは牙をむく。
「リドス兄ちゃんにはよく替え歌教えてもらったよね」
「替え歌?」
「ほら、王国の国歌の『苦難を乗り越え~、宝石手に入れろ~』の部分を『ズボンをずり下げ~、キンタマ手に入れろ~』に替えたり!」
「!?」
そういえば、そんなことやってたっけ……。
頭の悪すぎる替え歌で頭痛がする。
てか、フィノーレ様の前でそんなことバラすんじゃねえよ、ガキども!
婚約がパーになっちまう!
「先を急ぎましょう、フィノーレ様」
「えっ、でも、彼らは昔遊んでいた子供たちなのでしょう?」
俺は首を横に振る。
「あいつら、わけの分からないこと言ってるんで! さ、早く!」
子供らを無視して、俺は早歩きする。
まもなく実家についた。
五年ぶりに見る我が家は――小さかった。
王都に建つ立派な家々に比べると、あまりにみすぼらしく、フィノーレ様に見せるのが恥ずかしくなってくる。
親父と母さんと妹が出迎えてくれた。事前に手紙を送っておいたので、俺が今日帰ることは知っている。
「おー、リドス! 帰ってきたか!」
「お帰り、リドス」
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
久しぶりに家族を見ると、やはりぐっときてしまう。
だが、今の俺は宮廷魔術師。伯爵令嬢の婚約者。田舎暮らしの家族にいちいち感動するわけにはいかない。
「久しぶりだね、父上、母上、リーナ」
なるべく上品に、他人行儀に声をかける。
「ち、父上!? お前、俺のことは“親父”って……」
親父を睨みつけて黙らせる。
いいから、おとなしく父上って呼ばれとけ!
「私はフィノーレ・セレスと申します。王都でリドスと知り合いまして、先日婚約をいたしました」
フィノーレ様が挨拶をする。
こんなド田舎ド平民どもにも丁寧に挨拶してくれて、全く素晴らしいお方だ。
「母上、さっそくだけど食事にしてくれるかな?」
「ええ、準備できてるわよ。お嬢さんのお口に合えばいいのだけど」
手紙では「婚約者を連れていくから、最高のメニューでおもてなししてくれ」って書いておいた。
マジで頼むよ……。
さて、出てきたのは――まさかの“ドラ豆のスープ”だった。
ドラ豆とは、このあたりではいくらでも取れる豆のことで、確かに美味い。俺の大好物だった。ガキの頃の俺はドラ豆のスープが出るたび、狂喜乱舞したものだ。
だけどさ、なんでフィノーレ様を連れてきたって時にこんなの出すかねえ。
なんかもっとさ、高級なやつを出してくれよ!
こんなメニューじゃ令嬢侮辱罪になっちまう! そんな罪あるか知らんけど!
しかし、久しぶりに飲むドラ豆のスープは……懐かしい味だった。ちっとも変わってない。俺は13歳まではこの味で育ったんだ。
だけど、数々の美食を味わってきたフィノーレ様の口に合うわけがない。
こんなもん出しやがって、と母さんを恨みたくなる。
スプーンでスープを掬うと、ほんのわずかに肉が入っている。精一杯の高級感ってやつか。余計惨めになってくるよ。
「温かみのある味で、とても美味しいです」
フィノーレ様は文句も言わずに食べてくれてるけど、絶対お世辞だろ。
久しぶりの実家なのに、俺のテンションはみるみる下がっていく。
しばらく俺は、自分の魔術師としての武勇伝を家族に聞かせた。
魔法での悪党退治、魔術大会優勝、宮廷魔術師選抜試験突破、フィノーレ様との婚約……どれもが黄金のような輝きを帯びている。とはいえずっと俺ばかり話しているわけにはいかない。
「子供の頃、リドスがどんな少年だったか聞きたいです」
まあ、こうなるよな。
こうなったら祈るしかない。
俺の家族たちよ、頼むから余計なことは喋るな! 俺を素晴らしい少年だったと語ってくれぇ!
残念ながら祈りは全く届かなかった。
特に親父とリーナときたら、
「こいつは本当にワルガキだったんですよ」
「お兄ちゃんてば、友達三人といつもバカなことしてて……」
俺の黒歴史をフィノーレ様に包み隠さず話しやがる。口軽すぎだろ! 風船より軽い! こいつらには個人情報保護って概念はないのか!?
このままでは婚約が吹っ飛ぶ。
俺は勢いよく立ち上がった。
「フィノーレ様、出ましょう」
「え、どうしてです?」
「この村にはもっとオススメのスポットがあるんです! さぁ!」
半ば強引に連れていく形で外に出た。
これ以上、フィノーレ様をバカな家族といさせられるか!
俺はこの村唯一の酒場に行くことにした。あそこのおっちゃんなら、余計なことは話さずきっと俺たち二人をいいムードで迎えてくれるはずだ。
***
酒場はちょうど誰もいなかった。
まずは俺だけ入り、店主のおっちゃんに声をかける。
「よぉ」
「おお、リドス! 何年ぶりだ!? 宮廷魔術師になったってのは知ってるが、立派になったもんだ!」
俺は小声で話す。
「実はさ、王都でお嬢様と婚約できて、今日連れてきてんのよ。だからさ……いい酒出してくんない? とびきりのやつ」
おっちゃんはうなずく。
「分かった。相応のもてなしをしてやるよ」
「助かる、マジで!」
酒場のおっちゃんは村でも数少ない垢抜けた人で、こういう時は必ず空気を読んでくれる。俺が故郷を旅立つ時もずいぶんアドバイスをもらったもんだ。
フィノーレ様を店内に呼んで、指パッチンしつつ酒を注文する。
「マスター、いい酒を頼む」
「最近仕入れた葡萄酒の『ラグジュ』でございます。どうぞ」
さすがおっちゃん、洒落た酒を出してくれる。
これが3バカだったら安エールとか出してたぞ、きっと。バカだから。
酒を酌み交わしながら、俺はフィノーレ様に謝る。
「すみませんね。ウチの家族が舞い上がっちゃってて……変なことばかり言って……」
「いえ、楽しかったですよ」
んなわけあるか。ドラ豆スープ飲まされて、婚約者の黒歴史聞かされて、楽しいわけがない。
俺としては一刻も早くこんな村出たかった。というわけで――
「フィノーレ様、明日の朝にはこの村を出ましょう。そうしましょう」
「えっ、でも……」
俺は身を乗り出す。
「それがいいんです。この村いても全然面白くないんで! よろしいですね!」
「……分かりました」
ふぅ、なんとかなった。
これで婚約がパーになることはなさそうだ。こんな村帰ってくるんじゃなかったぜ。
明日一番で王都に戻って、俺はフィノーレ様と結婚して、二度とこの村には帰らない。それでいいんだ。
その後、俺とフィノーレ様は小一時間雑談を交わす。
「ご主人、このお店にお手洗いはありまして?」
「はい、そこの扉です」
フィノーレ様がトイレに行ったんで、おっちゃんに声をかける。
「おっちゃん、助かったぜ。おかげで俺の顔も立った」
「なあに、いいとこのお嬢様なんだろ? あれぐらいの酒出さなきゃなぁ」
「おっちゃんに比べて、他の連中と来たら……」
「なんかあったのかい?」
俺は舌打ちする。
「フィノーレ様の前で、俺の過去をバラそうとして……マジ勘弁して欲しいわ」
「ハハ、お前も色々やってたからなぁ。ガキのくせにここで酒飲もうとしたり、大人と喧嘩したり……」
「おっちゃん、余計なこと言わないでくれよ。婚約がパーになっちまう」
「分かってるさ」
おっちゃんはコップを磨きながらつぶやく。
「まあ、みんな嬉しいんだよ。リドスが立派になったことがさ」
「え?」
「たとえば、お前とよくつるんでたバカ三人。お前が魔術大会に出るって知った時は願掛けのために山で滝浴びしやがった。みんな揃って風邪ひいてたぜ」
あいつらが……なにやってんだ。なんの意味もないのに。
「だけど、『これであいつは優勝できる!』なんて笑ってやがった」
バカか。俺が優勝できたのは……俺の実力だっての。
「それから、お前が宮廷魔術師になったって知らせを受けた時は、村中で大騒ぎだったよ。この酒場がパーティー会場になっちまった」
「……」
「お前の母さんとも話したが、『あの子が帰ってきたら大好きだったドラ豆のスープを食べさせてあげたい』なんて張り切ってて……」
「ふうん」
興味ない風を装うが、胸が痛む。
母さん、きっと俺が帰ってくるのを楽しみにして、スープ作ってたんだろうな。無理して肉まで入れて。
なのに、ろくに味わわず……きっと傷ついただろうな。
親父もリーナも、俺とたくさん話したかったに違いない。
だけど、俺は……フィノーレ様の手前、家族をほとんど無視しちまった。
「村の他の連中も……」
「おっちゃん、もうやめてくれ!」
俺は聞いていられなくなる。
心がズキズキと悲鳴を上げている。
みんな、そんなに俺のことを――
俺は「この村は俺の黒歴史だ」なんて思ってたのに――
嗚咽をもよおす。酒のせいじゃない。自分の心の醜さに、胃袋が反逆を起こしている。
体が震える。
なんてことはない。
俺はこの村に住むみんなをバカにしてたが、一番のバカは俺だった。
この村に育ててもらった恩も忘れて、俺はこの村を切り捨てて、一人ででかくなったつもりでいた。
もし俺の人生に忘れたい過去――“黒歴史”なるものがあるとしたら、それは今この瞬間の俺だ。
なんて恥ずかしい奴なんだ。
だったら、どうすればいい。
まだ、間に合うだろうか。
俺は、俺は、俺は――!
「……おっちゃん、頼みがある」
「ん?」
「みんなを……この村のみんなをなるべく大勢、呼んできてくれないか」
「よし来た」
おっちゃんはすぐ出かけていった。まるで俺がこう言うのを分かっていたかのように。
ちょうどフィノーレ様がトイレを済ませてきた。
「ごめんなさいね、リドス」
席に戻ってきたフィノーレ様に、俺は頭を下げる。
「いえ……謝らなければならないのはこっちです」
きょとんとしているフィノーレ様に、俺は一拍置いてから話し始める。
「私はこの村では、ワルガキで通ってて、最初に会った男三人とは『4バカ』なんて呼ばれる間柄でして……。まあ、俺は一緒にされたくないから内心『3バカ』呼びしてたんですけど。親から怒られない日がないってぐらいのクソガキでした」
「……」
「やがて、俺はこの村を旅立ち、宮廷魔術師になることができ、あなたとも知り合えました。だけど、それは俺一人の力じゃなく、この村で育った十数年間があったからです。なのに俺は、この村での思い出を“恥”だと切り捨てようとした」
口調が崩れてしまっているがかまわない。このまま続ける。
「俺は……あなたと結婚する資格なんてない男なんです……」
俺が本音を吐き出すと、フィノーレ様は言った。
「でも、今は違うのでしょう?」
「……まあ、そうですね」
「私とて、あなたがこの村での思い出を隠そうとしていたのは察していました。もし、隠したいのであれば、それは仕方ないことだと思いました。誰にだって、隠したいことというのはありますから」
俺の苦しい黒歴史隠しは、やはり見抜かれていた。
「ですが、こうして“隠さない選択”をしてくれたことが嬉しいです。どちらを選んでも、私はあなたを愛したでしょうけど、やはり私は子供時代のあなたのことを――自分が愛した男の過去を知りたかったですから」
「フィノーレ様……」
「ですから楽しみましょう! 久しぶりの故郷を、存分に!」
「……はい!」
俺はフィノーレ様と笑顔で乾杯した。
***
おっちゃんの呼びかけに大勢が集まった。
俺の家族、3バカ、子供たち、村人たち……。
酒場の席は全て埋まり、それでもかまわないと客が押し寄せ、すっかりパーティー会場になってしまった。
3バカはここぞとばかりに俺の黒歴史を披露しまくる。
「リドスはとんでもない奴でしたよ~」
「教会で裸でダンスしたこともあって……」
「こいつが魔法使いを目指した動機って『モテたいから』ですしね」
一度受け入れてしまうと、恥ずかしい昔話も心地よく感じる。
それでも「それは話すんじゃねえよ」と思うエピソードもあるが。
親父たちにもさっきの無礼を謝った。
だけど、三人とも全然気にしてなかった。
「お兄ちゃんの無礼なんて、あたしたち慣れっこだし! 今さらって感じ!」
こう言われた時は、家族にゃ敵わんなぁなんて思った。
ドラ豆のスープは改めて味わうことにしよう。
しかし、意外なのはフィノーレ様だ。
貴族のお嬢様でありながら、この酒臭く粗野な空気にすっかり馴染んでいる。
俺はつい声をかける。
「フィノーレ様、こういう雰囲気大丈夫なんですか?」
「セレス家には色んな者がおります。今の警備隊長は元々は山賊の頭領でしたし……荒っぽい男性たちとも交流はありますのよ」
フィノーレ様はいわゆる『箱入り』だと思っていたが、大間違いだった。
俺の想像よりずっと逞しい女性だった。
酒場の夜は更けていく。
俺もだいぶ酔っ払ってきた。
同じく酔っ払ってる3バカに呼びかける。
「よーしお前ら、久しぶりに崖まで連れション行くかぁ!」
すると、フィノーレ様は上品な笑顔でささやく。
「リドス、用を足すのは、きちんとお手洗いでお願いしますね」
「は、はい……」
この人、“連れション”の意味知ってたんじゃん……。
ブルが笑う。
「リドス、お前結婚したら、奥さんに頭上がらなくなりそうだな」
うん、俺もそう思う。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




