遠乗り
二頭の馬が、尾張の大地を駆け抜けていく。
黒龍には火鳥が、赤兎には俺が乗っている。
黒龍も赤兎も、俺が見たこともないほど生き生きとしていた。
お互い、抜いたり抜かれたりしながら、ずっと嬉しそうに走っている。
もともと走るのが好きな馬だ。
俺は黒龍と赤兎同時に二頭に乗ることはできない。だから二頭ともこんなに足が早い馬と一緒に走るのは初めてなんだ。
誰かと一緒に、力の限り走るとは、こんなにも楽しい事なのか――。
頬を紅く上気させ、息を弾ませた火鳥が振り向いた。
俺と目が合うと、直視することもできないほどの眩しい笑顔で笑い、そのまま前を向いた。
火鳥が姿勢を低くする。
黒龍が耳を伏せ、走るスピードを一気に上げた。
「あっ! こら、待て!」
俺と赤兎が、慌てて追いかける。
――この俺から、逃げ切れると思うなよ。
「ああっ! 楽しいっ!」
風の吹く丘の上で、火鳥が笑った。
「馬に乗ったのは、久しぶり。
それに、一度にこんなに走ったのは、初めてです!」
火鳥が俺を見た。
「俺も! 初めてだ!」
こんなに走ったのも。
こんなに楽しいのも。
火鳥のはじけるような笑顔を見るのも。
だが、このままでは終わらせないぞ。
男として、力の差というものを見せつけてやらなければ。
俺は、小高い山のふもとに生える、一本杉を指さした。
「あの木が見えるか?
あそこまで、どちらが先にたどり着けるか勝負しようではないか」
火鳥は目を細めた。
「和颯様。それは――。
わたくしが勝ってもよろしいのですか?」
ほほう。大した自信だな。
言ってくれるじゃないか。
だが、俺は乗馬はめちゃくちゃ得意だ。
尾張中で一番早く走る自信がある。
はっきり言って負けたことがない。
「勝てるもんなら勝ってみろ。
手加減はしないぞ。
そのかわり俺が負けたら、火鳥に良いものを見せてやる」
――まあ、俺が勝っても、見せてやるが、な。
黒龍と赤兎は、俺たちの会話を理解しているのか、既にやる気満々だ。
既に鼻息も荒く一本杉を見つめ、前足で地面を搔いている。
俺と火鳥は、それぞれの馬に跨り、どうどうと、なだめた。
「正直に申し上げて、負ける気がいたしません」
火鳥が面白がるように微笑んだ。
「和颯様はご存じないと思いますが――。
実は、わたくしは、とんでもなく、負けず嫌いなのです。
しかも、目的のためには手段を選ばないタイプです。
なので、勝つためには、どのような汚い手でも使う所存ですが……。
――それでも、よろしいですか?」
俺は鷹揚に微笑んだ。
「いいとも。どんな手でも使えばいい。
それでも俺は、負けないがな」
早駆けで女に負けたら、末代までの恥だ。
「そうですか。では……」
火鳥は恥ずかしそうに俯いた。
突如として、そこに言いようもない色香が漂う。
俺は戸惑った。
火鳥は俺をそっと見上げるようにして、吐息混じりにささやいた。
「でしたら……。
……わたくしが負けたら、なんでもひとつ、和颯様の言う事をきくと、お約束します……」
え? 今、なんと?
――なん……でも……っ?
俺は完全にフリーズした。
「それでは参りましょう、ようい、どん!」
火鳥はにやりと笑ってさわやかに言い放ち、黒龍を全速力で走らせた。
俺ははっとする。
黒龍の尻が、はるか前方に見えた。
しまった! 出遅れた!!
慌てて赤兎を走らせる。
「――あああああっ! 待てぇっ! 汚いぞっ!!」
火鳥の笑い声が響いた。
「ですから、どのような汚い手でも使うと申し上げたのです!!」
あああああああっ!
ちくしょう!
そういうことかぁぁぁぁぁぁぁっ!!
「くっそぉぉぉぉっ! 待てぇぇぇっ!」




