~陰の巻~
火鳥は黒龍に跨った。
もともと不機嫌そうだった黒龍が、突然首を大きく振って、棒立ちになった。
貞秀が何か、黒龍の嫌がることをやったに違いなかった。
――想定の範囲内だ。
鐙に足は届かない。鞍もきっちりとは固定されていない。
手綱はついているが――これも、正しくつけられているかどうか、怪しい。
火鳥は手綱を無視して、黒龍のたてがみに、左手の指を絡ませた。
裸馬に乗るのは得意だ。
合わない馬具がついた馬に乗るくらいなら、裸馬に乗ったほうが良い。
火鳥は、黒龍が棒立ちになっている間に、鞍と鐙を、馬の背から蹴り落とした。
鞍についた紐が黒龍の体に絡まりそうだったので、帯に挿した懐剣を右手で抜き、紐を切った。
黒龍は、酷くいら立っているが、自分をいらだたせた相手と背中に乗っている相手が別の人物であることは理解しているようだ。
――お前は誰だ? 俺の背中から、降りろ――
黒龍の声が聞こえた気がした。
――私は火鳥。降りないわ。私に従いなさい――
火鳥が黒龍の背中にしがみついて答える。
――ふん。嫌なこった! 断る!――
黒龍は首を大きく振った。
「……いい馬……」
火鳥は微笑んだ。
強く、賢く、誇り高い。
――あなたみたいな馬、初めて――
火鳥は懐剣を鞘にしまった。両手でたてがみを握りなおし、馬の背を挟む太ももに力を入れた。
――力比べがお望みなんでしょ? 受けて立つわよ――
黒龍が、にやりと笑った気がした。
突如、黒龍が首を振り、地面を蹴り上げて跳ねながら、無茶苦茶なスピードで走り出した。




