散歩 ~陽の巻~
手を。
手を握っていないと、そのまま消えてしまいそうだった。
そのくらい、太陽の下に出た火鳥は儚く危うげだった。
何日間、部屋に閉じこもっていたのだろう。
足取りすら、おぼつかない。
俺は火鳥の左手を握りしめ、傷ついた小鳥のような彼女の体重を支えながら、とてもゆっくりと歩いた。
「ば和颯さまだ~!」
泥まみれになって遊んでいた子供たちが、手を振ってきた。
ああっ、もう。
この、大事な時に――!
「『ば』は余計だ!!
そして、邪魔だ!
あっちへ行け!!」
火鳥が吹き出した。
子供たちは驚いたように火鳥を見て、色めき立った。
「わあっ! 天女の奥方様だ! 天女の奥方様が一緒だ!」
仮装大会の日以来、那古野村の皆は、火鳥を『天女の奥方様』と呼ぶ。
子供たちの興奮が、えげつない。
「手ぇ繋いでる!」
「でーとだ! ば和颯様がでーとだ!」
「みんなに知らせなきゃ!」
「やめろぉっ! 余計なことするなっ!!」
顔が。熱い。
「怒った!!」
「にげろ~!」
「村長に報告だ!」
「おー!」
「こらーっ! 報告するなーっ!」
ああもう。どうしてこうなるんだ。
隣を見ると、火鳥は下を向いてクスクスと笑っていた。
俺はほっとする。
「とても――愛されていらっしゃいますね」
「愛されている? 俺が?」
火鳥は頷いた。
俺は悪ガキどもを見た。
「ああ……そうかもしれない……」
奴らは、こちらを遠巻きにして、嬉しそうにはしゃいでいる。
俺は目を細めた。
――以前は。こんなんじゃなかったんだ。
父上から那古野村の屋敷を与えられた日のことをよく覚えている。
不信感に満ちた村人たちが、遠巻きに俺を見ていた。
不満そうにとがらせたくちびる。じっとりと湿った瞳。
屋敷の中に籠っているときも、針のむしろの上に座っているようで。
何度本家に戻りたいと思ったかしれない。
遠乗りの時以外は外に出られなかった時期もあった。
俺もそれなりに努力した。だけどなかなか報われなかった。
それが変わったのは――。
火鳥。お前が嫁いで来たから。
火鳥が夜中に裸足で走り回り、村中全ての家の扉をたたいたあの夜から。
少しづつ、風向きが変わってきたんだ。
だけど、悪ガキどもが今日に限ってこんなにも絡んでくるのは――。
「愛されているのは、火鳥じゃないか」
火鳥は大きな目をさらに見開いて俺を見た。
「私?
私ですか?」
素っ頓狂な声を上げる。
なんだ。
気付いてないのか。
――鈍いやつ。
俺は小声でささやいた。
「手ぇ、振ってやれ」
火鳥が遠慮がちに小さく手を振ると、ぱああああっ、と悪ガキどもの顔が輝いた。
「わああぁぁっ!」
「天女の奥方様が、手ぇ振ってくれた!」
「天女の奥方様ぁ~!」
子供たちが大きく手を振り返す。
「天には帰らないんですかぁ~?」
――おい! いきなり無茶ぶりかよ!
火鳥は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
すかさず大声で返す。
「和颯様が、羽衣を、返してくれないの~!」
当意即妙な火鳥の返答。
黄色い歓声が上がる。
「天の羽衣」か。
天女が地上で水浴びをしている間に、天にのぼるために必要な「天の羽衣」を、人間の男が隠してしまい、天女が帰れなくなってしまう昔話だ。
子供たちは大はしゃぎだ。
「たいへんだ!」
「いじわるだ!」
「泥棒だ~!」
――おい! それは俺の事か!?
俺は隣を見た。
火鳥が声を立てて笑っている。
ああ。
お前たち。
邪魔だなんて言って悪かった。
――いい仕事だ。ありがとう。




