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≪甲賀の里・過去≫ ~カワセミの唄~

 数年がたった。

 ガキはまだ、そこにいた。

 相変わらず枯れ枝のように痩せていた。

 白かった肌は日に焼けて真っ黒になっていた。


 俺たちは、ガキと話すことも禁じられていた。

 だが俺は黒トカゲの目を盗み、数回、言葉をかけたことがあった。


 ガキは、ここに来た時のことを忘れているようだった。


 陽炎(かげろう)

 いつの間にか、そう呼ぶようになった。

 あるのに、ない。

 見えていても、存在しない。

 

 俺たちは常に、カゲロウがそこにいないかのようにふるまった。 


 忍術を教えるのを禁ずる、と言った黒トカゲが、結局カゲロウに稽古をつけている。

 さすがに直接指導はしていないが。それに、ずいぶん荒っぽい。――黒トカゲは、見込みのある弟子にしか、真剣指導はしないことを、俺たちは知っていた。


 圧倒的な耳の良さを差し引いても、隠密潜入と諜報技術において、火鳥の実力がここにいる誰よりもずば抜けていることは明白だった。




 夕方になると、稽古を終えた俺たちは小屋に集まり、夕食を食べながら寝る前のひと時を過ごす。

 しょうもない雑談に花を咲かせながらも、誰もが庭の木をちらちらと見ている。


 

 いつもの枝に座り、月を背にしたカゲロウが、口を開いた。

 ざわついていた小屋が、即座にしんと静まり返る。


 唄が、聞こえた。

 澄み切った歌声。

 ここではない何処か別の場所に運ばれていくようだ。


 俺たちはみじろぎひとつせず、唄に聴き入った。


 カゲロウが唄い終わると、俺たちは、自分たちが甲賀の山の小屋の中にいたことを思い出す。


 一瞬の静寂の後、小屋にざわめきが戻る。



 俺たちは、カゲロウと目を合わせないようにして日々を過ごした。

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