和颯の結論
萌の兄は、火鳥を溺愛していた。
美濃から来た侍女は、もともと土岐家に仕えていた萌の侍女だった。
萌がどう思っているかは別として、侍女たちは、火鳥(と斎藤道三)が萌の兄を殺したと思っている。火鳥は主の仇、というわけだ。
土岐家を排除した斎藤道三が、今では美濃に君臨している。
土岐家の姫だった萌が、今は火鳥の侍女になっていてもおかしくはない――のか? けっこう無理やりな感じはするが……。
とにかく、萌の兄の死には、斎藤道三の陰謀が絡んでいるとしか思えない。
どうやって殺したのかは、見当もつかないけど……。
俺は空を見た。太陽が傾きかけている。
そろそろ夕方だ。
馬を走らせに行かないと。
だが、その前に屋敷の隅の部屋に寄ってみる。
「和颯だ――入ってもいいか?」
返事がないので、ためらいながらも扉を開ける。
薄暗い部屋の中には、誰もいなかった。
もう一度、厩へ行った。
ここにも火鳥はいない。
俺は愛馬の黒龍に跨った。
黒龍は早く走らせろ、というように蹄で地面を蹴った。
昨夜の寝室での、火鳥のふるまいを思い出す。
はじめ火鳥は震えていた。なのに、俺がびびって太刀を握りしめた途端、態度を豹変させた。
――火鳥は俺に、抱かれたくなかったんだ……。
だけど、腕力ではとても敵わない。力づくで組み伏せられたら抵抗できない。
だから、一芝居うった。
結果、俺は火鳥を抱くことなく寝室を飛び出した。
湯殿に峯を近づけなかったのは、懐剣を持って寝室へ行きたかったからだ。
抵抗むなしく、俺に犯されそうになったらその場で自害するつもりで。
昨夜の出来事のすべてに辻褄が合った。
もうすぐ日が暮れる。火鳥はどこへ行ったのだろう。
自分の膝枕で亡くなった、愛しの君を想って、一人で泣いていたりして……。
想像した瞬間に、鋭い爪で胸を引っかかれるような痛みを感じる。
そうだったとしても、俺のせいではない。
そうだったとしても、俺にはどうしようもない。
だから。
そうだったとしても――俺には関係ない。
そもそも。
萌の兄は、火鳥が直接殺したわけではないかもしれない。だが、不審な死である事には変わりがない。
まだ、火鳥が斎藤道三の忍ではないと、証明されたわけではないのだ。
俺自身の身を守るために、火鳥とは、なるべく、距離を取るべきだ。
――だから、もし仮に。今、俺の目の前で火鳥が泣いていたとしても、俺は関与しない。
見えない爪ががりがりと、俺の胸を傷つけた。
俺は村の外へ出ると、黒龍の腹を強く蹴った。
もう、何も考えたくない。
俺と黒龍は風に溶け、あぜ道を駆け抜けていった。




