~陰の巻~
政じいと入れ違いに、カワセミが入ってきた。
布で包まれた小さな箱状の荷物を、大切そうに抱えている。
「ああ……。驚いた。
足音に、気づかなかったから」
各務野が死んでから、横になっても浅い眠りを繰り返すばかり。
自分でも驚くほど注意力が落ちている。
「まだ、よく眠れないのか?」
「……」
「大丈夫だ。俺がいる」
カワセミは、荷物を床に置いて顔をしかめた。
「昼間っから締め切った部屋に籠るな。
暗いし――空気が淀んでいるぜ」
火鳥はつぶやいた。
「いいのよ。『薄汚いくのいち』にはお似合いでしょう」
カワセミはひどく傷ついた顔をして、語調を強めた。
「おい、そんなことを言うなら本当に――」
火鳥はあわててカワセミをさえぎる。
「ごめんなさい。そんなこと、言うべきじゃなかったわ。
……さっき、政じいが来ていたから。
――追加資金を、渡しておいた」
カワセミは、顔をしかめて火鳥を見たが、ふう、と息を吐いて表情を緩めた。
「そうか。これで――五分五分より、やや優勢ってところか」
本家の家臣達の、半分以上が織口和颯に寝返りそうな公算だ。
「完璧ね」
「ああ。あとは政じいの頑張り次第ってところか。
――この扉、開けるぜ……」
カワセミが外に面した扉を開けると、午後の柔らかい光が部屋を満たした。
「外は、眩しいのね」
「ずっと籠りきりだろう。少しは外に出たほうが良い」
「――そのうちに、ね……」
カワセミが、哀しそうな目で火鳥を見下ろした。
カワセミが口を開いた。
「これ。見ろよ」
箱を覆っていた布を慎重に取る。
布に覆われていたのは箱ではなくて虫かごで、数十匹の美しい蝶が羽を休めていた。
「たった今、捕まえてきたんだ」
「どうするの?」
「この部屋に放す」
なんのために?
一益は、火鳥を見てそっと微笑んだ。
柔らかく、声が響く。
「じゃあ、開けるぜ?」
一益が虫かごのふたを開けると、色とりどりの蝶がひらひらと舞い立った。
「ほら……。
奇麗だろ……?」
そうね。
奇麗。
部屋の中を舞い踊る蝶たち。
儚く、美しく。
火鳥は力なくつぶやいた。
「――なぜ、あの時、各務野と一緒に逝かせてくれなかったの?」
いっそのこと、各務野と一緒に炎に焼かれてしまいたかったのに。
「――そんなこと言うなよ」
カワセミの声は、どこまでも優しい。
あやすように続けた。
「まだやることが残ってるだろ?」
そうだ。まだ。
任務が終了していない。
「もう、なにもかも放り出して、楽になりたい」
カワセミがにやりと笑った。
「ダ・メ・だ」
カワセミが耳元でささやいた。
「忍の命は、主人の物だ。
だから、お前の命は、お前の物じゃない。
――道三さまが死んでもいいと言うまで、死ぬことは許されない」
カワセミは、耳元から離れ、火鳥の顔を覗き込んだ。
「――だから、勝手に死ぬな。
……分かったか?」
自分の命は主人の物――。
その言葉は、火鳥の胸にすとんと落ちた。
生きる。
自分のためではなく、主人のために。
「分かった」
火鳥はカワセミの目を見て頷いた。




