≪甲賀の里・過去≫
夜が明けて、黒トカゲが帰ってきた。
俺は、土蜘蛛の弟子の夜襲未遂があったことを、黒トカゲに話した。
ガキのおかげで、全員が命拾いしたことも。
「俺は――俺たちは、
あのガキに命を救われた。
俺は。借りができた。
俺たち全員の命分の、大きな借りだ。
命の借りは、いつか命で返してぇ。
――だから、あのガキを、殺さなないでほしい」
黒トカゲは、目をつぶり、腕を組んでしばらく考え込んでいた。
黒トカゲは、馬小屋に行った。
ガキは、昨日と同じ姿勢のまま、目を開けて天井を見つめていた。
ふたつの大きな黒い穴が、天井を見上げているようだった。
「ついてこい」
黒トカゲはガキの目を見ずに告げると、歩き出した。
ふたつの黒い穴の奥に小さな光が宿り、大きな黒い穴は、大きな黒い瞳になった。
ガキは黙って立ち上がった。
ガキは裸だった。
胸元には蛇がのたうち回ったような傷跡が残っていた。
俺は自分の着ている着物を脱いで、ガキの肩にかけてやった。
黒トカゲは、ふん、と鼻を鳴らした。
黒トカゲが歩いて行ったのは、静かな山の奥だった。
「後ろを向け。こちらを見るな」
ガキは後ろを向いた。
黒トカゲは懐に手を入れた。
クナイでも取り出すのかと思った俺は息をのんだが、黒トカゲが取り出したのは、10本ほどの細い縫い針だった。
「よく聞け」
黒トカゲは少し離れてそう言うと、縫い針をまとめてつまみ上げ、一度にパラッと石の上に落とした。
「何本だった?」
ガキは、目を閉じた。思い出すように眉間にしわを寄せる。
「………なな……いえ、8本」
俺は目を剥いた。
石の上に転がっていた針は、全部で8本だった。
「地獄耳かよ……」
石の上に落ちた針の本数を言い当てたのだ。
小屋に来た弟子の人数も足音で分かったのだろう。
それにしても――なんて耳だ。
「――昨日、儂はお前を殺すよう、カワセミに言いつけた。
……知っていたか?」
ガキは頷いた。
「小屋の外で話していた。聞こえた」
「どうして逃げなかった」
「懐剣を、返してもらっていない」
ずきりと胸が痛む。
あの懐剣は、もうねぇよ。
とっくに売っぱらっちまった。
黒トカゲはガキに背を向けた。
「懐剣はない。
ここに女を置いていくわけにはいかない。
見逃してやる。出ていけ」
ガキは表情のない顔で黒トカゲを見つめた。
ガキの目に宿っていた小さな光が、ふっと消えた。
ガキはそれきり、一言も話さなくなった。
甲賀の里では、くのいちは育てない。
黒トカゲは、ガキにメシをやることも、忍術を教えることも禁じた。
俺たちはいつも腹を空かせていた。
だが、小屋の外にはなぜか、残飯が捨てられるようになった。




