~カワセミの唄~
おいおい。とんだ演技派だな。
真実を知っている俺まで、うっかり騙されちまいそうだぜ……。
※※※※
火鳥が俯くと、ほたほたと涙が床に落ちた。
「………わたくしは……なにも………
……知らなかったのでございます………」
和颯の屋敷の広間。
火鳥が両手をつき、頭を下げていた。
泣きはらした目は真っ赤だ。
火鳥の目の前の、一段高い場所に座っているのは、織口和颯。
口をぐっと引き結び、腕を組み、じっと火鳥を見下ろしている。
火鳥を取り囲むように、第一家老の林秀貞(貞じい)と、第二家老の平手征秀(秀じい)、そして俺が座っている。
「嘘をつけ!」
秀じいが、青筋を立てて叫んだ。
「貴様の侍女だろう! 知らないはずあるかっ!!」
火鳥はびくっと肩を震わせた。
「……お疑いは……ごもっともでございます……」
消え入りそうな声が答えた。
「ですが……。ほんとうに………………。
……知らなかったのです……」
政じいが、目に憐憫の情をにじませた。自分の懐から白い手拭いを出し、静かに火鳥に手渡した。
火鳥は、震える指先でそれを受け取り、そっと涙をぬぐった。
政じいが静かに口を開いた。
「各務野は、火鳥様が土岐家にお輿入れされるときに、道三殿が連れてきた侍女だった。
最初のご結婚の時も、二度目のご結婚の時も、各務野は火鳥様と一緒だった。尾張に嫁ぐときも一緒に来た。
火鳥様は各務野をただの侍女だと信じていた。
だが、各務野は昨夜、死ぬ直前に、火鳥様に伝言を残した。
『自分は実は、伊賀の忍だった。
自分が死んだ後は、この刀と自分の髪を、故郷の土に埋めてほしい』
――間違いございませんな?」
火鳥は儚げに頷いた。
また、涙が床を濡らした。
「まあ、火鳥もそう言っていることだし。
今日のところはこれで――」
困り顔の和颯が口を開くと、貞じいは、キッ! と和颯を睨みつけた。
「和颯様っ!
目を覚ましてくださいませっ!!
このようなことが起こらぬよう!
わたくしがここにいるのですっ!!
わたくしは、信秀様より直々に『和颯を頼む』と言われております。
まったく……そうでなければ………!」
俺は内心、舌を巻いた。
今の火鳥の迫真の演技を見て、それでも未だに騙されないとはな。
さすがは、信秀が和颯の後見人として、第一家老に据え置いた家臣。
冷静かつ洞察力にも優れている。
貞じいは、今度は火鳥を睨みつけた。
「隠しても無駄だ。
お前も伊賀のくのいちなのだろう!」
火鳥は目を見開いて貞じいを見つめ、ふるふると首を横に振った。
その目から、とめどなく涙があふれる。
「……誤解で……ございます……」
「嘘をつけ!
それが嘘でないと、どうやって証明する!?」
火鳥が絞り出すように答えた。
「……萌に、誓います……」
和颯が、はっとした顔で火鳥を見た。
貞じいはたたみかけた。
「伊賀ではないなら、別の里か。
甲賀か?
貴様、さては甲賀の忍びであろう!」
「林秀貞殿」
政じいが静かに、だが強い口調で言った。
「見苦しいですぞ!
甲賀の里では、くのいちを育てない。
――秀貞殿もご存じであろう?」
心底驚いた顔をして、火鳥が政じいを見た。
政じいは、優しく言った。
「火鳥様は、ご存じなかったのですな。
甲賀では、くのいちを育てないのですよ」
火鳥は俺の顔を見た。
俺は頷いた。
火鳥は一瞬だけ目を泳がせた。
貞じいは、憎々し気に火鳥を見て、吐き捨てるように言った。
「薄汚い、くのいちめ!」
「貞じいっ――!」
和颯が顔を赤くして膝立ちになった。
「言葉が過ぎるぞ!!」
貞じいは和颯をじろりと見た。
「何度も申し上げておりますが、わたくしは、まだ30代。
和颯殿の祖父君でも、年よりでもございませんっ!
――情けない!
このようなくのいちの涙なぞにコロッと騙されおって!」
言い捨てると、席を蹴り、足音も荒く部屋を出て行った。




