≪甲賀の里・過去≫ ~カワセミの唄~
3日たっても、4日たっても、ガキは死ななかった。
30日たった。
黒サソリは「薬の配合を書き留めておけ」と言って、俺に上等の紙を手渡した。
60日たった。
黒トカゲは、小屋の外に俺を呼び出した。
「俺は今夜は帰らない。
この中ではお前が一番年長だ。何かあったら――仲間たちを、頼むぞ」
俺は頷いた。
黒トカゲは声を落とした。
「今夜、ガキを始末しておけ」
俺はもう一度頷いた。
60日間ずっと、ガキは死なない代わりに、声を出さず、みじろぎひとつしなかった。
ただ、やたらと大きな黒い瞳で穴の開いた天井をぼんやりと見つめていた。
気味が悪かった。
ここにいてはいけない者の存在を消す許しが得られて、俺はほっとした。
夜中、ガキが寝ている間に始末することにした。
夕方、俺たちが夕食の支度をしていると、土蜘蛛の弟子たちが、10人ほどで連れ立って、やってきた。
俺たちの間に緊張が走った。
「何の用だ?」
俺は前に出た。
先日、土蜘蛛一派は任務に失敗した。その尻ぬぐいをしたのが黒トカゲで、土蜘蛛の主人は土蜘蛛を解雇し、かわりに黒トカゲを雇い入れた。
土蜘蛛一派は、俺たちを恨んでいると、聞いている。
「なに……」
土蜘蛛の二番弟子――名前はクロサギ――が酒の瓶を持って俺に見せた。
「師匠同士はいろいろあったようだが、俺たち弟子同士は仲良くしようぜ。
これはほんの――差し入れだ。
肴もある。一緒に吞もうぜ」
俺は、小屋の方を見た。モグラとカモシカが裏口から出て、女のガキを馬小屋に隠しているところだった。
「カワセミ、と言ったよな。
お前のうわさはよく聞いている。
俺は正直、お前は相当に出世すると思っているんだぜ。
俺たちの間で一番偉くなるのは、きっとお前だ。
城と領地を持つ、武士にだってなれるかもしれねぇ」
「バカ言え」
俺は笑った。
「忍が、武士になれるかよ」
だが悪い気はしなかった。
「入れよ。皆で呑もう」
酒も肴もうまかった。
俺たちはしこたま呑んだ。
大声で歌い、皆で笑った。
なんだ。いい奴らじゃねぇか。
夜中になって、クロサギたちは帰って行った。
俺たちは寝る支度を始めた。
俺はまだ、ガキを始末していなかった。
早く寝たいが、仕方ねぇ。
さっさと片付けよう。
俺は刀を持って馬小屋に行った。
とっくに寝入っていると思ったのに、俺が入ると、ガキは目を開けてこちらを見た。
月明りに青白いガキの顔が浮かび上がった。
俺はうろたえた。
「――なんだよ。起きていたのかよ」
いつもなら、とっくに寝ている時間だ。
ああ。起きてるガキを殺すのは胸くそわりぃな。
俺は手に持った刀を背中に隠し、ガキに近づいた。
このガキには、大の男でも絶叫するような処置を何度もしてきた。
それでも、コイツが声を出したことは一度もなかった。
だから、声が出せないのだろうと思っていた。
小さく、つぶやくような声がした。
「15人来た。12人しか帰らなかった」
まず、コイツが言葉を発した事に驚いた。
次に、発した言葉の内容に驚いた。
「――何だと?」
俺は大声を出した。
ガキはつい、と目をそらした。
「どういうことだ!?」
俺はガキの肩を掴んでゆすった。
だが、どれだけ問い詰めても、ガキは二度と目を合わようとせず、口も開かなかった。
「……どういうことだ………?」
俺は先ほどの宴会を思い出した。
俺たちと一緒に酒を飲んだ土蜘蛛の弟子は、全部で12人だった。
彼らを率いてきたクロサギは、土蜘蛛の二番弟子だ。
――一番弟子はどこだ――?
俺は、仲間たちのいる小屋に駆け戻った。
「起きろ!」
半分まどろんでいる仲間たちをたたき起こす。
「土蜘蛛の弟子が隠れている!
探せ!!
おそらく――3人だ!」
土蜘蛛の一番弟子――アナグマ――と、二人の屈強な子分は、太い刀をぎらつかせながら天井裏に潜んでいた。
黒トカゲが不在の間に、俺たちを酒で酔わせ、寝静まってから皆殺しにするつもりだったという。
俺たちはアナグマと2人の子分を縛り上げた。
俺たちはすっかり騙されて酔っぱらっていた。
ガキがアナグマたちの存在に気付いていなかったら、間違いなく皆殺しにされていた。
俺は、黒トカゲに留守を任されていた。
あのとき黙ってガキを殺していたら思うと、ぞっとした。
だが、ガキは土間と馬小屋から一歩も出ていないはずだ。
どうやって、アナグマたちの存在に気付いたのだろう。




