~カワセミの唄~ 熱田
「うそだろ……」
思わず声が漏れた。
前回訪れたときと、同じ場所だとは思えなかった。
ごった返す人波も、海へ川へと行きかう船も、大きさも形も多種多様な積み荷も変わっていねぇ。
だが、町全体を覆っていた、ひりつくような緊張感が嘘みたいに消えていた。
話には聞いていたが……。
すごい変わりようだ。
荷物を抱え、一人ですたすたと歩いている女すらいる。
おいおい、ここはこんなに健全な場所だったっけか?
もっと、不穏で物騒で、油断できない場所だったはずだ。
三か月前、和颯は梁田と部下たちを、熱田に派遣した。
圧倒的な組織力と軍事力で、熱田に巣食っていたごろつきどもを駆逐して――というか、まとめて吸収して部下にして――町の治安維持と交通整理に当たらせている。
安全安心な取引ができる場所。
熱田に集まる船と積み荷は増えるばかりだ。
川には小型の船を10艘ほど横に並べ、上から板を渡して縄で固定した、即席の橋まで作ってあった。船橋だ。
「船が通るぞー!!」
川下から、大声が響いた。
すぐさま梁田の部下たちが、船橋の板を外し、船を動かす。
川を船が渡り終えると、ただちに橋が作りなおされた。何事もなかったかのように、馬や人が橋の上を通りはじめる。
にぎやかで、活気がある。
安全で、明るい。
ふと通りを見ると、老婆が一人で、屋台を開いていた。餅の焼ける良い匂いがする。
すっかり派手な浴衣姿が板についた織口和颯が、馬から降りた。
老婆の店の前に立ち止まって、世間話を始める。隣の店のおやじも、店そっちのけで会話に割り込む。
老婆がケタケタと笑い、和颯が懐から金を取り出した。
和颯は焼き立ての餅を10個ほど抱えて俺の横へ戻って来た。
1つを自分の口に入れる。
「一益も食うだろ?」
もう1つを俺によこした。俺は餅を頬張った。
旨い。
だが。
「あれだけカネを払って、餅10個って。
お前、ぼったくられてるぞ?」
和颯は俺を見て、ニヤニヤした。
「なんだ、見てたのか。
あれは、餅10個の値段じゃない。
――店の餅、全部買い占めてやった」
「はあ――っ!?」
誰が食うんだよ?
「梁田と部下達への差し入れだ。あとでばあちゃんが、皆のたまり場へ届けてくれることになった」
――ああ。なるほど。
和颯は嬉しそうに笑った。
「ばあちゃんに、店の餅、全部まとめて買ってやろうと言ったら、もの凄く安くしてくれた」
……そりゃ、そんだけ一度に買い上げればな……。
普段は節約しておいて、ここぞという時に、ためらいなくつぎ込む。
……この男は、カネの使い方がやたらと上手い。
俺は餅を食い終わった。
和颯はすかさず2つ目の餅を、俺に手渡した。
「なあ、一益――今、火縄銃、一丁あたりの値段はいくらくらいだ?」
「そろそろ、聞かれる頃だと思っていたぜ。
今のアンタの資産なら、問題なく買える」
熱田から上がってくる税金は、うなぎ上りだ。
「そうか……」
和颯は考え込むように口を濁した。
ん?
何か問題あるか?
「思うんだが――どうせ買うなら、1丁じゃないほうが良いと思うんだ」
「――ああ。なるほど」
そういうことか。
「餅だって、まとめて買ったほうが、安く買えるだろう?」
確かに。火縄銃も同じだ。
2丁、3丁と、まとめて買ったほうが、割引交渉もしやすい。
――今の熱田の様子を見ると、そのくらいなら余裕で捻出できそうだ。
「あんたの言うとおりだ。確かにまとめ買いはおトクだ。
――いいんじゃねぇか」
和颯は3つ目の餅を差し出した。
機嫌良く笑みを浮かべながら俺と肩を組む。
「俺は火縄銃に関しては素人だ。注文と買い付けは、一益に任せたいんだが――やってくれるか?」
「ああ良いぜ。あんたにぴったりの、いい鉄砲を見繕ってきてやる」
「良かった! 一益以外には頼めない。
これは、俺にとっては大きな賭けだ。任せたからな。しっかり頼むぞ」
確かに。
数年前に比べれば安くなったとはいえ、火縄銃は大きな買い物だ。
「分かった。任せておけ。
――で、何丁注文したらいいんだ?」
2丁か? 3丁か?
「ちょっと多いんだが――」
「いいから。言ってみろ」
早くしろ。目的地に着いちまう。
俺は餅を飲みこんだ。
この後、熱田神社で舞が奉納される。
舞が始まる前に、いろんな奴らに会っておきてぇ。
「なら、言うが――」
和颯は俺を見た。
「500丁だ」
ごひゃっ………?
はああああああああああっ!?
聞き間違いか!?
正気か!?
火鳥だけじゃなく、アンタも心臓に、毛ぇ生やしてんのか!?
和颯は、口を大きく横に広げ、迫力のある笑みを浮かべた。
おいおいおいおい。
コイツは以前から、こんな笑い方をする男だったか!?
ぞくぞくっと、背中を駆け上がる何かを感じた。
俺は――俺たちは……。
なにか、勘違いをしていないか?
それはまるで。
巣から落ちて死にかけた、雀のヒナを育てているつもりだったのに、それが鷹のヒナだったと気づいたときのような――。
和颯はこちらを向いた。
奴はちょうど俺と太陽の間に立ったので、俺の目には、織口和颯がぎらぎらした太陽を背負って立っているように見えた。
「火縄銃500丁だ。産地は任せる」
和颯は持っていた餅を全部、俺の懐に押し込んだ。
「なるべく早く、調達してくれ」
俺は呆然としたまま頷いた。




