萌
「えっと。萌――姫は。俺の、妹なのかな?」
萌ちゃんは、にっこりと微笑んだ。
「はい! 火鳥姫がわたくしの兄上と結婚した時に、火鳥姫はわたくしの姉さまになると教わりました。
和颯様は、火鳥姉さまとご結婚されたので、わたくしの兄さまになるのではありませんか?」
萌を取り巻く侍女たちが、なんだかんだと難癖をつけ始めた。
おお……。
なるほど。
何となく、見えてきたぞ。
「火鳥姉さまは、わたくしのことを萌、とお呼びになります。和颯兄さまもどうぞ萌、とお呼びくださいませ」
蔦が何か言いかけたが、萌ちゃんが「良いわよね?」という感じでにっこりと微笑むと、諦めたように黙った。
この子なら火鳥の事を良く知っていそうだ。
「あ……じゃあ、萌」
「はい!」
萌ちゃんは、にこっと笑った。
ああ、くそっ! かわいいな。
「兄さんと一緒に、馬に乗るかい?」
「はい!」
萌ちゃんは嬉しそうに飛び上がった。
「ならばご準備をなさいませんと――」
侍女たちがわちゃわちゃと立ち上がり、萌が馬に乗るのに適した着物が何か、議論を始める。
「あ。じゃあ、俺は廊下で待っているから」
よしっ!
これで、萌ちゃんをうるさい侍女どもから引き離して、ゆっくり話が聞けるぞ。
袴に着替えた萌を連れて厩に行く。
厩には、火鳥がいた。今日も、各務野が影のように付き従っている。
どうしよう。昨夜のこともあるし。
気まずいぞ。
俺が何かを言う前に、萌が声を上げた。
「あ、火鳥姉さま!」
火鳥が両手を広げてしゃがむ。萌は、火鳥の胸に飛び込んだ。
「萌」
火鳥は萌を両腕で、柔らかく抱きしめた。
へえ。こんな顔もするんだ。
火鳥が顔をあげそうになったので、俺はあわてて目をそらす。
「火鳥姉さま、お聞きください。
萌は、和颯兄さまにお馬に乗せていただけることになりました」
「まあ。それは――うらやましいこと」
「火鳥姉さまもご一緒にいかがですか?」
火鳥が何かを期待するような目で、俺を見た。
――あ。昨夜の件は、無かったことにする方針ね。
それはそれで、俺も助かる……のか?
じゃなくって!
今まさに、あなたに関する情報を聞き出すために、萌を侍女集団から引き離してきたところです。
――ついて来ないでください――
そう念じて目をそらす。
「――萌、和颯様は萌と二人でお出かけされたいようです。
どうぞ、行っていらっしゃい」
火鳥は少し寂しそうに言った。
――なんだよ。俺が、意地悪したみたいになってるじゃん。
もやもやした気持ちのまま、俺は萌と一緒に馬に乗る。
「出かけようか」
「はい!」
「行っていらっしゃいませ」
火鳥が頭を下げる。その後ろで各務野も頭を下げた。
ふと、思った。
火鳥も、馬に乗りたかったのだろうか。
いやまさか。
ありえない。
萌のような子供ならともかく、火鳥は俺とは1才違いの13才。
そんな女が好むのは、一にも二にも、綺麗な着物。あとは、花か菓子と決まっている。
馬が好きな女など、いるはずがない。
それに!
馬は超高額で、繊細な生き物だ。
合戦中、いざという時には自分の命を預ける、大切な軍用品でもある。馬に何かあったら困る。
敵国のくのいちになど、指一本触れさせるわけにはいかない!
俺は、火鳥の顔を、頭から締め出した。




