≪甲賀の里・過去≫ ~カワセミの唄~
あいつがあの時、あと2才年上だったら、そのまま道端で死んでいたはずだ。
俺は、木の葉に向かって弓を撃っていた。
ひらひらと舞う木の葉に命中させるのは難しい。
俺は弦を引き絞り、狙いを定めた。
「おい、カワセミ!」
カモシカが呼びに来た。
「怪我人が出たぜ!」
「おっ」
俺は弓を下げた。
「運んでおいてくれ。あとで行く」
「なるべく早く来いよ」
カモシカは念を押した。
「すぐ死にそうだ」
「死にそうなヤツを連れてくるなよ」
俺はぼやいた。
「すぐに死んだら、薬が効いたかどうか分かんねぇ」
「仕方ないだろ」
カモシカが口を尖らせた。
「そうそう都合よく、身寄りのない怪我人なんて落ちてねぇよ!」
甲賀の里は、毒と薬に関する、高い技術と知識を誇る。
だが、どんな毒も薬も、使ってみないことには、効果は分からない。
俺たちは、忍術の訓練の合間を縫って、任務で傷ついた仲間を癒すための、新しい傷薬の配合を研究していた。
忍の死因。上位はほとんど、外傷に由来する。
皆、真剣だった。
そうか。どうせすぐに死ぬなら――。
高い薬を試すのは勿体ない。
その辺に生えている雑草を組み合わせて試してみるか。
どの薬も効かなかったら、最後の最後に試そうと思っていた、あの配合はどうだろう……。
薬草を採って小屋に戻った。
土間にむしろを敷いた上に、血まみれのガキが転がされていた。
コマネズミとカモシカが、ガキの着物をむしり取っている。
俺は顔をしかめた。
「おい。女じゃねぇか」
甲賀の修行場は女人禁制だ。
カササギが首を振って俺を見た。
「気にすんなよ。まだガキだ。
見てみろ。赤ん坊が、ちょっとでかくなったくらいの歳じゃねぇか。
そんなに目くじら立てなくてもいいだろう。
――どうせ、傷が治ろうが治るまいが、すぐに死ぬんだからさ」
今まで、何人もの怪我人をここへ運び込んできた。
傷が治らなかったら、死ぬ。
うっかり生き延びてしまった場合には、俺たちの存在を隠すために『始末』していた。
俺は納得できない気持ちを抱えたまま、採ってきた薬草を手早くすりつぶす。
「すげぇ。良い着物着てんじゃねぇか」
コマネズミが感嘆の声を上げた。
「高く売れそうだ」
「早く川へ行って、その血を洗い流してこい。シミになる前に」
カモシカが指示を出した。ヤマネコが着物を持って外へ出た。
ガキは、血まみれの懐剣を握りしめていた。
懐剣を取り上げようとしたモグラが、ひゅう、と口笛を吹いた。
「こいつは――極上品だぜ」
確かに、どこぞの貴族だか武士だかが、大切に使っていそうな懐剣だった。
「なんで、男物の懐剣を握りしめてんだろうな」
「さあ」
興味もねぇ。
よほど大切な懐剣なのだろうか。
死にかけのガキは、その懐剣を固く固く握りしめている。
三人の男が協力してようやく、小さな指から懐剣を引き抜いた。
「なあ、こいつ、どっかいいとこの姫様なんじゃないか」
コマネズミが言った。
「いい着物を着ているし、持っていた懐剣は一級品だ。
この懐剣は、実は父上に渡された大切なもの、とかで――。
今頃、お屋敷ではこの子を探しているかもしれない。
探し出して連れて行ったら、お礼にご褒美がもらえるかも……」
「そんなハズあるかよ。
血まみれのまま、道端に捨てられていたんだぜ。
いいとこの姫君なら、なんで一人の供も連れていないんだよ」
カモシカが反論した。
「そこはほら……。
喧嘩したとか、誘拐されたとか……」
「バーカ。お前らの目は節穴かよ」
俺は言った。
「コイツの体つきを見ろ。
骨と皮だけで、今にも折れそうなほど、ガリガリじゃねぇか。
これは、今までろくに食った事もねぇ奴の身体だ。
金持ちの娘じゃねぇよ」
「でも。透き通るみたいな白い肌だ。
ものずごく奇麗に化粧もしてるし」
コマネズミは食い下がった。
「関係ねぇ。たまたまだろ。
ほら、そこをどけ」
俺は、ガキの傷を丁寧に水で洗い流し、出来上がったばかりの薬を塗った。
「今度の薬は効くと良いな」
コマネズミが言った。
俺は肩をすくめた。
「仮に薬が効いたとしても――このガキはすぐ死にそうだぜ?」
夕方になって、黒サソリが帰ってきた。
話を聞くと、黒サソリは、土間に転がされたガキを、じっと見下ろした。
ガキの傷は骨に達するほど深かった。
胸元に刃物でつけられた致命傷。
普通、刃物を使う時は、一突きにするか、勢いをつけてスパッと切りつけるかのどちらかだ。
だが、ガキの負った傷は、苦しんだ蛇が胸元で暴れまわったような無茶苦茶な傷だった。
恨みの末のめった刺し、とも違う気がする。
どうしてこのガキは、こんな傷を負ったのだろう。
黒サソリは、カササギを見た。
「子供とはいえ、女を運び込んだのは感心しない」
カササギは首を垂れた。
次に黒サソリは、俺を見た。
「だが、気にするな。どうせ三日と持たないだろう。
死んだ後は、ちゃんと始末しておけ」




