コマネズミ
「……コマネズミ。憶えているか」
気付いたら、口にしていた。
博打で賭けるカネが欲しくて、気まぐれで受けた任務だった。
敵の屋敷には忍びがいることも分かっていた。
任務の途中でそいつに見つかって――コマネズミだと分かった時にはもう、敵に囲まれていた。
「あいつ。死んだ――俺が、殺したんだ」
コマネズミは相手が俺だと分かって明らかに戦意を失っていた。
だけど、俺は自分が生き延びるために、この手で――あいつを――刺し殺して――。
「お願い、カワセミ。泣かないで」
「俺は泣いてねぇ」
もう、涙も枯れちまった。
任務は成功した。
コマネズミの命と引き換えにして手に入れたカネを、俺は博打につぎ込んだ。
それまで何度賭けてもすってばかりだったのに、この時は負ける気がしなかった。
感覚が研ぎ澄まされる、という言葉で表現するのとは、少し違う気がする。
なんだか俺だけが水の中にいるような感覚、とでもいうのだろうか。
周りの動きがやけにゆっくりで。
顔を見るだけで、そいつの考えていることが、はっきりと分かる。
死んだコマネズミの魂がそこにいて、後ろから体を乗り出し、俺の顔をのぞき込んでいるような気がした。
俺は、胴元が『もうやめてくれ』と懇願するまで勝ち続け、手にしたカネで鉄砲を買った。
俺は、がむしゃらに鉄砲の腕を磨いた。
いくら腕が上がっても、満たされなかった。
――今でも、満たされていねぇ。
もう。こんな想いをするのはごめんだ。
ましてやおまえと――敵味方に分かれるような生き方なんて。
俺は魂を絞り出すようにして言った。
「――なあ。
この任務が終わったら、一緒に暮らさねぇか?
ここからずっと北か――南でもいい。
どこか遠くのでっかい屋敷の近くに、小さな小屋を建てよう。
俺はその屋敷の息子か主人に、鉄砲を教えるから。
おまえは娘に、唄と、礼儀作法を教えればいい。
おまえなら、きっと上手くやるさ」
俺の魂が、心臓の下で熱くなり、のたうちまわっている。
「二人で馬を飼って、子供を産んで――」
「――私はたぶん、子供は産めない」
「なら、子供は俺が拾ってくるさ。
捨て子なら、そこら中にいる。
親のない子を探してきてやるから、一緒に育てよう。
なあ、火鳥……。
――どう、だろう――?」
俺の、魂だ。
受け取って、くれないか……?
「そうね。それも……悪くないかもしれない……」
ああ。
コマネズミが死んだ後、辛いのは。
目の前にいるヤツの気持ちが、時々、手に 取るように分かる瞬間があるってことだ。
――本人すらも、気づいていないような気持ちでさえ。
「……返事は、今すぐじゃなくていい。
いつか。おまえの気が向いたら。その時でいい。
……考えておいてくれ」
そのいつか、は。……永久に来ないかもしれねぇが。
俺は立ち上がった。
「ありがとう――嬉しかった」
火鳥が俺を見上げて言った。俺は泣きそうになる。
せめて。
せめて嫌いだと言ってくれればいいものを。
火鳥の最後の一言は、まぎれもなく本心だった。




