~カワセミの唄~
ただのつまんねぇ遊びに、全力で取り組んだ。
柄にもなく、腹の底から笑った。
一度も仲間だなんて思ったこともねぇ奴らとの、無駄な一体感が生まれた。
このままでは、俺が俺じゃなくなりそうだった。
だから、夜風に当たることにした。
俺は河原に腰を下ろし、頭を冷やしていた。
後ろから足音が聞こえて、火鳥の声が降ってきた。
「餓鬼。良かったわよ」
「そりゃ、どうも」
「本物かと思っちゃった」
――最後に全部、あの男に持って行かれたがな。
俺は火鳥を見上げた。
火鳥の口元はやわらかく微笑んでいた。
ふわり、と女の匂いがして火鳥が隣に座った。
火鳥は水面を見つめている。
その口元がきりりと引き締まり、醸し出す気配が凍りつくような冷たさを帯びた。
瞳が突き刺すように鋭く光り、みるみるうちに、凄腕のくのいちの目に変わった。
――さすがだな。
火鳥が口を開いた。
「どう? 順調?」
もちろん、任務の話だ。
「本家の切り崩しは順調か、という意味なら、絶好調だ」
俺はほとんど手を下していない。第二家老を躍らせているだけだ。
少しそそのかしただけで、政じいは面白いように踊っている。
期限はあと一年以上ある。
味方をじっくり育てれば、本家の戦力の半分以上をこちらに引き込むことも可能だろう。
「そう。さすがね」
「俺様を褒めるのは常に正しいが、本家の調略が俺の手柄だというのなら間違いだ」
「――どういうこと?」
「俺が切り崩すまでもなかった。
もう、織口家本家はぐすぐすに腐っている」
「……三年前は一枚岩のようだったと聞いている」
三年前、織田信秀は斎藤道三と戦っている。
尾張で一番の権力者は「守護」だ。
織口和颯の父・信秀は、守護がかかえる、たくさんの家来の中の一人にすぎない。
だが、戦に強く、人望もあった。
だから、守護の指示に従い、尾張中の仲間を束ね、外的と戦ってきたのだ。
「三年前のことは知らねぇ。
だが、今は違う」
おそらく間違っていないはずだ。
「調べる必要があるわね。
――今度、皆が集まる場所に潜り込めるよう手配するわ」
さすがは敏腕くのいち。
動きが速い。
「ああ、助かる。そうしてくれ」
調略、と言っても、実際に動いているのは政じいだ。
俺は名前しか知らない相手ばかり。
この機会に、相手の顔も見ておきたい。
「織口家にこれだけ喰い込んでいるんだ。多分、他の家も――」
「そんなにひどいの?」
「ああ。ひどい」
「……美濃は、動いていないわよ」
「じゃあ、他には一つしかねぇ」
「――今川……」
今川の本拠地ははるか東の駿河。だが、飛ぶ鳥を落とす勢いで西へ西へと勢力を伸ばしている。
駿河と尾張との間には、三河という土地がある。
今までは、三河の徳川家康(6才)が織口家の人質だったので、三河は決して織口家に逆らわなかった。三河が、今川から尾張を守る、堤防の役割を果たしていたのだ。
だが、ここ数年で、織口家の力は目に見えて弱まっている。
とうとう先日、和颯の腹違いの弟が今川に生け捕りにされた。
信秀は自分の息子と、徳川家康の身柄を交換した。
――今川から尾張を守っていた堤防が、なくなった。
「いつから動いていたのか知らねぇが、かなり前からなのは間違いねぇ。
ただのおれの勘だが――今川は、尾張の、かなり深い部分まで食い込んでいると見た」
「そう……」
「もう尾張は、白アリが巣食った屋台骨の上に、何とか屋根だけ乗っかってる状態だ。
――崩壊寸前だぜ」
たとえ誰も手を下さなかったとしても。
もはや、尾張が崩壊するのは時間の問題だ。
「お前はどう動くんだ?」
この土地はもうすぐ、大混乱に陥るぞ。
「私は父の指令に従うだけ。
きっと、もうしばらくは、尾張にいることになるでしょうね」
――長くとどまると、巻き込まれるぞ。
そう言おうと思ったが、やめた。
火鳥の話を聞く限りにおいても、斎藤道三が、火鳥に相当入れ込んでいるのは明白だ。
『火鳥が初めて暗殺を行った時、主人が護衛の忍びを雇った』という都市伝説。それすらも、本当かもしれねぇと思えるほどに。
その道三が、火鳥を無傷のまま回収しようとしないはずはねぇ。
俺はずっと気になっていたことを口にした。
「もし道三に『織口和颯を殺せ』と言われたら、殺すのか?」
――嫌いじゃないんだろ。あの男。
「もちろん」
火鳥は即答した。
「できるのか?」
――本当に? 殺せるか?
「馬鹿にしないで」
――その辺の安っぽいくのいちと一緒にするな、ってか。
確かに、くのいちとしてのおまえの腕は超一流だ。
傍にいるだけで惚れ惚れするぜ。
「――そうか」
「カワセミはどうするの? ここに留まる?」
「いや。俺はこの任務が終わったら、尾張を離れようと思っている。
いつまでもここに留まると、いずれ道三とぶつかることになる。
――おまえと、殺し合うのはごめんだ」
火鳥は肩をすくめた。
「そうね。私も。
カワセミを殺そうとしたら、返り討ちにあう気がする」
――いや。そんなことはない。
俺には多分――殺せねぇ。




