翌日
昨日はもう少しで殺されるところだった。
俺は日課の鍛錬に精を出す。
煩悩を振り払うように馬に乗る。
誰もいない野原で、剣を振り、槍をつく。
弓を打ったが、ちっとも的に当たらない。
気持ちが乱れている証拠だ。
仕方がないので、冷たい川に飛び込み、がむしゃらに泳いだ。
数時間、必死で体を動かしたら、だいぶすっきりした。
俺は空を見上げた。
まだ日は高い。
夕方の遠乗りの時間までには、だいぶ時間がありそうだ。
昨日の出来事を、頭の中で整理する。
妖艶な笑みで俺を絡め取ろうとした火鳥姫。
恐ろしい女だ。
やはり彼女は腕利きの『くのいち』に違いない。
昨日は本当に危ないところだった。
ぼやぼやしていると、本当に殺されてしまうぞ。
火鳥姫に影のように付き従う各務野。
火鳥姫を嫌悪している侍女達。
でも、おかしくないか?
侍女くらい、いくらでもいたはずだ。
どの侍女を美濃から連れてくるかを選ぶ権利は、火鳥姫にある。
なぜ、わざわざ自分を嫌っている侍女を選んで連れてきたんだろう?
――絶対に何か裏がある。
よし。直接、聞いてみるか。
侍女達なら、火鳥姫について、何か知っているはずだ。
俺は昨日、火鳥(の侍女)に与えた、屋敷の端にある部屋へ行った。
扉の前に立つ。中はしんとしている。
「誰かいるか?」
声をかける。答えはない。
あれ?
みんな、どこへ行ったんだ?
すっきりしない気持ちを抱えたまま、火鳥姫の部屋の前を通った。
部屋の中からは姦しい笑い声が聞こえてきた。
あれ? 楽しそうだぞ?
俺は声をかけた。
「和颯だ。入ってもいいか?」
笑い声がぴたりとやんだ。
一瞬の間があり「どうぞ」という声と共に、すっと扉が開く。
色とりどりの着物を着た二十人ほどの侍女たちが、俺の方を向き、手を床について頭を下げていた。
おお……!
なんか――雅だっ!
俺の正面にいる、年長の侍女が言った。
「和颯様、御直々に足をお運びいただき、恐縮でございます。
わたくしは、侍女頭の蔦と申します。
本日は、どのようなご用向きでいらっしゃいますか?」
華やかな笑みを浮かべて問いかける。
「火鳥――」
火鳥はいるか? と聞きたかった。
まだ本当の夫婦ではないとはいえ、表向きは既に結婚しているのだから、「火鳥姫」ではなく「火鳥」でいいだろう。
そんなことを考えていた。
だが「火鳥」という名前を聞いたとたん、蔦の眉間が吊り上がった。
「ここにはおりませんっ!」 冷たい声で、ピシリと言い放つ。
ひえ~!
怖いっ!
なんで俺が、こんな目にあわないといけないんだ……!?
仕方がない。
作戦変更だ。
「えっと――話が、したくて――」
蔦が後ろを振り返った。ささっと人垣が割れる。
そこにいたのは。
――え? 子供?
まだ幼い侍女だ。7才くらいだろうか。
昨日は気付かなかった。
「萌でございます」
彼女は手をつき、にっこりと微笑んだ。
うお! かわいい!
「萌、ちゃん……?」
俺が『ちゃん』と言った瞬間、蔦の目つきがキッ、と鋭くなった。
俺は慌てて言いなおす。
「いやえっと……。萌――姫……?」
たちまち蔦の顔がほころんだ。
え? 姫なの?
萌ちゃんは、ふんわりと微笑んだ。
純真無垢、をそのまま具現化したような、可憐な笑みだ。
「こんにちは、兄さま」
んん!?
兄さま!?
えっと……。
キミは、俺の、妹だったのかい?




