〜カワセミの唄〜
俺は物置部屋を見回した。
「へえ。良い部屋じゃねぇか」
部屋は狭かった。中は大小さまざまな雑多な物であふれており、その上には埃がたまっていた。はっきり言って散らかっている。
だが人に見られたくない物を隠すには都合がいい。不要なものは、これから少しづつ片付けていけば良い。
壁に数か所の隙間があるのも気に入った。ここから外が見える。
カゲロウは口の端だけで笑った。
「気に入ってもらえてよかったわ」
「なあ、カゲロウ――」
「しっ!――人が来る。これからは火鳥と呼んで」
火鳥は耳をすませている。俺は黙った。
火鳥が俺の耳元で囁いた。
「平手政秀――織口和颯の第二家老よ。織口和颯をかわいがってる。
織口和颯は『政じい』って呼んでるわ」
火鳥は俺を見た。
俺は頷く。
俺は普通の声量で火鳥に話しかけた。
「さっきからずっと気になってるんだが
――この辺に、蜂はいるか?
……――『熊蜂』だ」
火鳥は感情のこもらない瞳で、俺の顔を見つづけている。
おそらく、心は廊下の足音に集中している。
「――私の侍女は各務野というの。とても頼りになるわ。
熊蜂なら――朝と晩に、山でよく見かける」
各務野という侍女が『熊蜂』。
『会いたければ、朝か晩に山に来い』か。
足音が聞こえ、扉が開いて、じいさんが現れた。
年齢は60に届くかどうか、といったところか。
着物の襟の折り目も、きっちりとそろえて着こなした、くそ真面目そうなジジイ。
このじいさんが「政じい」か。
政じいは火鳥を睨んだ。
老いた化け猫が、若い猫を敵から守ろうとする時は、きっとこのように、らんらんと目を光らせるのだろう。
「火鳥様。いい加減なことをおっしゃるのは感心致しませんな。
熊蜂でしたら、朝昼にはよく見かけますが、晩に飛んでいるところなど、見たこともございません」
火鳥は無言のまま政じいの横を滑りぬけ、部屋を出た。
――よし。ここは請け負った。
あとは任せておけ。
政じいは、小さな声でぶつぶ文句を言いながら、火鳥の後ろ姿を睨みつけている。
「まったく。いつまでこの屋敷に居座るつもりだか。
薄汚い、くのいちめ。
いつか必ず、しっぽを掴んでやる」
――おうおう、嫌われてんなぁ。
確かに、俺が忍であることは隠しておいた方がよさそうだ。
火鳥の姿が見えなくなると、政じいは、ようやくこちらを見た。
「和颯様が、新しく人を召し抱えたと聞きましたが――」
俺を見てぎょっとした顔をする。
俺は派手な服装に、やんちゃな髪型。
クソ真面目じいさんには、この格好はお気に召さなかったようだ。
俺はさっと片膝をついた。
<人に気にいられるには、相手と同じような服装をするべし>
忍の、基本の「き」だ。
だがこっちは駆け出しの忍じゃねぇ。
俺が使うのは応用編だ。
<同じような服装ができないのなら、相手の求める言葉を吐き、好まれる態度を取るべし>
まっすぐに相手の目を見つめ、はきはきと答える。
「はっ。滝川一益と申しますっ。
鉄砲一本を供にして、諸国を巡っておりました!
が! まさに今日!
織口和颯殿のお人柄に、一目ぼれをいたしましたっ!!」
政じいの頬に赤みがさす。
俺は続けた。
「和颯殿ほどのお人が、このような場所でくすぶっている事が、わたくしにはとても信じられませんっ!」
「一益殿!
なんと人を見る目がおありなのか!!
誠に! ご慧眼!
和颯様はお優しく、誠実で、表裏のないお方です。
和颯様こそ、真の君主!」
俺は大きく頷いた。
「本来、和颯殿は、もっともっと、多くの人の上に立たれるべきお方――!」
政じいの顔が輝き、みるみるうちに瞳が潤んでいく。
筋張った手が、がしっと俺の手を掴んだ。
「一益殿っ!!
貴公のようなお人を、この老いぼれが、どれほど探し求めていたか!!」
「わたくしがお仕えするからには、もう心配ございません!!
しっかりと和颯殿をお支えし、盛り立ててまいります!」
政じいはうんうんと頷いた。
俺は誠実そうな笑みを浮かべた。
自分の顔が誠実そうに笑っているとか、考えただけで寒気がする。
だがこれも任務だ。仕方ねぇ。
俺は大きく息を吸った。
「――つきましては、織口家本家に仕える家臣の皆様の、趣味、家族関係、交友関係、力関係、お人柄など。
何もかも! 全て! 詳しく!
教えてくださいっっ!!」
政じいの顔が、ぱっと破顔した。
「ああ! もちろん!
しっかりとレクチャーさせていただきましょうぞ!
ささ、今からわたくしの部屋へ参られるがよい!」
政じいは、俺の手を握りしめ、いそいそと自分の部屋へと引っ張っていく。
――ふん、ちょろいもんだぜ。




