カワセミの唄
つまんねぇガキは、ちょっと煽ってやると、面白いほどに熱くなる。
なんだこいつ。
カゲロウが俺を引き留めるということは、この男は何らかのターゲットで、既に依頼に関する説明は始まっていると考えて良いだろう。
――カゲロウは俺に、何をさせようとしている?
カゲロウとターゲットの指が触れた。
ほんの少し触れただけなのに、ターゲットの瞳が大きく左右に揺れた。
おやぁ。こいつ、カゲロウに惚れてんのか。
――やべぇ。ちょっと楽しくなってきた。
お~い、ターゲット野郎、この女は諦めろ。
くのいちだぜ。脈なしだ。
……おっと、煽りすぎたか。
追い出されそうだ。
――コイツ、見かけによらず血の気が多いな。
「あら?」
カゲロウが、ターゲットの気をそらす。
「……いえ、魚が跳ねたように思ったのもですから」
話題の変え方が唐突だ。
――何を伝えようとしている?
「光の……加減でしょうか?」
――それだけじゃ分からねぇ。
「きっとそうですね。魚がいるのは水の中ですから」
――魚? 水?
水魚の交わり? 水を得た魚? 魚心あれば水心?
「魚は、何人くらいで捕まえるのが良いでしょうか」
魚…水…捕まえる……『漁』か!
「そうですよね。二人……とか」
二人? 「二」と「人」で
天・次・夫・元……他に何かあったか……
「いえ……魚よりは、貝の方が……」
貝ぃ~? 「規」か?
「今でしたら、ハマグリが美味しいかもしれません」
――ハマグリ……
「漁」「夫」それに「ハマグリ」で――『漁夫の利』か!
とたんに俺は理解した。
9年前、カゲロウを連れて行ったのは、美濃の斎藤道三だった。
数年前、斎藤道三は織口家と戦ったが、領土侵略はできなかったと聞いている。
斎藤道三は、火鳥となったカゲロウを織口家へ送り込んだ。
だがこの屋敷はどう見ても、織口家の本家じゃねぇ。
『漁夫の利』
――このつまんねぇ男と、織口家本家をぶつけ、双方の力を奪おうっていう魂胆か。
……面白れぇ……
このガキをプロデュースしようにも、女では何かと制約が多い。
だから、俺を呼んだ。
――そういう事か!
真昼間にターゲットを目の前にして、これだけのことを伝えてくるとは――。
俺は、仕事を選ぶつもりでここまで来たが、カゲロウはカゲロウで俺の腕を試していたってわけか。
してやられた。だが不快じゃねぇ。
『熊蜂の弟子』ってのも、まんざら嘘じゃないかもしれねぇな。
根拠のない都市伝説だと思って悪かった。
――少なくとも、泣く子も黙るほどの腕前だ。
カゲロウの瞳がきらりと光った。
「一益様も是非、ご一緒にいかがですか?」
――合格、ってわけか。
面白れぇ! やってやろうじゃねぇか!!
カゲロウは俺を見て、にやりと笑った。
香炉から漂う煙が、部屋を満たしている。
この薫りは、思考力を奪わせる。
簡単な暗示をかけるときに使う香だ。
俺はカゲロウを見た。
カゲロウは、「どうぞ」というように口元を緩ませた。
――ターゲットに、暗示をかけろ、と言っているのか。今ここで? 俺に?
確かに、初対面のほうが暗示にかけやすいのは事実だが……。
カゲロウの心臓に生えている毛が、1本や2本でない事は分かった。
だが、どんな暗示をかけるかは聞いていねぇ。
それでも、あの表情から察するに、説明は済んだという事だろう。突拍子もない内容ではないはずだ。
暗示というものは、実は、本人にその気がないとかけられない。
暗示というよりは、無意識の鎖からの解放と言ったほうが近いかもしれない。
本家とコイツをぶつけるために、必要なもの――。
本人が望んでいて、普段はその欲望に蓋をしているもの――。
――分かった!
『強くなりたい』か。
――面白れぇ――!
「和歌には興味がないとおっしゃいましたが……」
俺はぐいっと身を乗り出した。
ターゲットの目の奥をじっと見つめる。
「では、強くなる事には?」




