陽の巻
火鳥は、庭を見た。
撃ち抜かれた的が散らかっている。
「――火縄銃、ですね」
「はい」
「私も見たかったです」
「火鳥様は――おやめになったほうが宜しいでしょう。耳が痛くなりますので」
おい。俺の耳は良いのか?
「なかなかの腕前とお見受けいたしました」
「特技といえばそのくらいですので」
火鳥が探るように続けた。
「他にも――いろいろな特技をお持ちかと推察いたします」
「諸国を巡っておりますので」
火鳥が、考えるように言った。
「……盗賊と、一緒に仕事をなさったことは?」
「ございます。何度も」
「本当か!」
俺は身を乗り出した。
一益は俺を見た。
「盗賊に――興味があるか?」
「……一度、部下にならないかと勧誘した。だが、断られた」
素直に答える。
「へぇ……」
一益は面白がるような顔をして、俺を見た。
「断られるなんて意外だな。
盗賊にとっては悪い話じゃねぇと思うんだが……」
なあおい。
どうして火鳥には敬語を使って、俺には使わないんだ?
「何か、特別な事情があったのか……?」
一益は、俺をじろじろ見ながら考えているようだ。
火鳥は、自分の着物についた埃を払っている。
一益は、突然俺を指さした。
「あぁっ!!?
まさか、今と同じ格好して行ったんじゃねぇだろうなぁ!?」
「そんなわけあるかぁ!
ちゃんと羽織袴を着て、頭巾をかぶって」
「はあああぁぁ? バカかおめぇ。
盗賊を相手にするときは、盗賊と同じ格好をする。
基本の『き』だろうがぁ!」
「知らねぇよ、そんな基本!
何の基本だよ!?」
「常識だろ! 知っておけ! しの――」
「あっ……失礼いたしました……」
火鳥の声が、一益の声に重なった。
湯呑が倒れて、中に入っていた水が、床に広がった。
火鳥が、床にこぼれた水を拭きはじめる。
香の匂いが鼻につく。
床を拭く火鳥の小指の先が、俺の手に触れた。俺の心臓が跳ね上がる。
いや、ただの事故だ。
気にするな、俺。
俺は、一益との会話に戻る。
「しの……?」
一益は俺の方を見て、にたぁっ、と笑った。
「『忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで』」
(誰にも知られないよう、胸に秘めている恋なのに、
どうやら最近、隠しきれなくなって態度に表れてしまっているようだ。
恋に悩んでいるのかと人にきかれるほどに)
「はああああっ!?」
「――意味は、分かるか?」
「和歌には興味ねぇっ!」
かあっと耳が熱くなる。
今すぐこいつをここから追い出してやる!
「あら?」
火鳥が驚いたように庭を見た。
「――どうした?」
「……いえ、魚が跳ねたように思ったのもですから」
「魚ぁ……?」
この庭に、池はない。
おいおい、どうしたんだ?
「光の……加減でしょうか?」
困惑顔で一益が尋ねた。
「きっとそうですね。魚がいるのは水の中ですから」
うんうん。常識だぞ。
一益は再び火鳥を凝視している。
火鳥は続けた。
「魚は、何人くらいで捕まえるのが良いのでしょうか」
うん。
ちょっと意味が分からないぞ。
それでも俺は答えた。
「――そりゃ、大勢で捕まえたほうが良いんじゃないか?」
火鳥が言った。
「そうですよね。二人……とか」
なぜ、二人?
二人って、大勢か??
どうしたんだ、火鳥?
「……魚が、食いたいのか? 政じいに、頼んでおいてやろうか?」
ほら、一益も『訳が分からない』っていう顔してるじゃないか。
「いえ……魚よりは、貝の方が……」
「貝ぃ?」
「今でしたら、ハマグリが美味しいかもしれません」
「まあ、確かに……そうだな」
「いいハマグリが手に入れば、是非口にしたいものでございます」
ああ、そのくらいなら何とかなるぞ。
宙の一点を見つめていた一益が、はっとした顔をした。
一益も、ハマグリが食いたいのか?
火鳥の瞳がきらりと光った。
「一益様も是非、ご一緒にいかがですか?」
え? 誘っちゃうの?
一益は、口を大きく横に広げ、迫力のある笑みを浮かべた。
うわっ、これは絶対、悪いヤツの顔だ。
だけど、さっき屋敷に来てから今までの間で、一番いい顔をしているんじゃないか。
生き生きと輝いている。
まるで、一瞬一瞬に、己のすべてをかけて生きているような。
そんな生き方にはちょっと憧れる。
――この男は、嫌いじゃないかもしれない。
「和歌には興味がないとおっしゃいましたが……」
一益が、ぐいっと身を乗り出した。




