5、滝川 一益 ~陽の巻~
「す……すごい……」
耳がガンガンする。
100枚の的のうち、71枚が命中だった。
ガラの悪い男は、俺に向かってやりと笑うと、手にした火縄銃についた煤を拭き始めた。
「どうだ、すげぇだろ?」
「ああ。すごい――驚いた」
俺は即答した。
火縄銃。
とんでもなく高額なおもちゃだ。
これ一本で、俺の領地がまるまる買える。
命中すれば、甲冑も撃ち抜くと聞いた。
「的に当てるのは難しいと聞いていた」
「普通は、な」
ガラの悪い男は、満足そうに言った。
着物の柄が派手すぎて、目がちかちかする。
そいつは火縄銃を、チャラチャラした見かけによらず丁寧に袋にしまうと、勝手に座敷に上がりこんだ。
「火縄銃なら何でもいいってわけじゃねぇ。
腕のいい鍛冶屋が、ちゃんと調整したやつじゃなきゃダメだ。
きっちり練習すれば、的にも当たる」
「へえ。知らなかった」
俺には縁のない話だ。
「――こんなのをガンガン撃てるようになりたいと思わねぇか?
こいつで勝負すれば――失礼ながらアンタの体格だって――どんな大男にも負けねぇ」
ああ。それは確かに魅力的だ。
だが、残念ながら、俺には縁がない。
「一本買わないか? 安くしておくぜ」
「遠慮しておく」
「じゃあ、俺を雇ってくれよ。給料分はきっちり働くぜ」
「いや、断る」
ガラの悪い男は、はあ~っ、とため息をついた。
「なんだよ、脈なしか。じゃあ、仕方ねぇ。不本意だが――」
そう言うと、俺に向かってぐいっと手のひらを突き出した。
――?――
「これはなんだ?」
「カネだよ、カネ。カネを払え」
「え?」
「お前が言ったんだろ。『撃ってみろ』って」
言った。確かに言った。
でも、それはこの男が『試しに撃たせろ』と言ったからで――。
ああ!
めんどくさいなぁ。もう。
新手の詐欺かよ。
払えばいいんだろ、払えば!
「いくらだ?」
「五十両」
「は?」
ぼったくりにもほどがあるだろ。
「火縄銃は、一発ごとに鉛玉と硝石を消費する。
どっちも輸入品だ。死ぬほど高い。
今、百発撃った。全部で五十両だ
――言っとくが、ぼったくりじゃねえぜ」
「……嘘、だよな……?」
――ちょっと……払えないぞ……。
「だが、俺を雇ってくれるなら、これは就職面接パフォーマンスってことにして、サービスしておく。どうだ? 俺を召し抱えないか?」
そいつは、ヘラヘラと笑いながら俺を下からのぞき込んだ。
「ちなみに俺は、忙しい。
ここにとどまるのは、最長でも二年ってとこだ。
――良いだろ? 俺はよく働くぜ?」
ええええ~。
なんだこの、怪しさ満載の男は。
でも、こんな男を雇うよりは、五十両払うほうがお得な気もする。
――って、その考え方自体が、この男の思う壺じゃないか!
決めた。
こんな男にはびた一文払わねぇ。
絶対に追い払ってやる!
「ふざけるな! だいたいなぁ――」
廊下からころころと笑い声が聞こえた。
「……火鳥……なの、か……?」
あまが池から帰った後、火鳥を引き留めようとしたらするりと逃げられた。
その後さんざん探し回ったのに、姿を見かけることすらできなかった。
目の前の男の顔から、一瞬だけ、軽薄さが消えた気がした。
「和颯様が声を荒げるなんて珍しいこと。
お客様ですか?」
扉が開き、火鳥が部屋に入ってきた。
湯呑を三つ、盆に入れて持ってきている。
盆の上にはもう一つ、小さな器が乗っていた。
香炉か?
香を焚いてもてなすような客じゃないぞ。
ガラの悪い男は魂が抜けたようになって、火鳥の顔をじっと見つめている。
――手ぇ出すなよ。
俺はそいつを睨みつけた。
火鳥は、ガラの悪い男に向かって手をつき、頭を下げた。
「織口和颯の妻、火鳥でございます」
ガラの悪い男は、居住まいを正した。
「滝川一益。求職中だ」
ふうん、そういう名前だったのね。
たきかわいちます、と火鳥がつぶやいた。
火鳥は全員の前に、水の入った湯呑を置いた。
ガラの悪い男は驚いたように湯呑を見ている。
まさか、今まで誰かの屋敷で、水を出して貰ったこともないのか!?
それはそれで、かわいそうだが……。
別の屋敷でも水を出してもらいたかったら、服装と態度を改めたほうが良いと思うぞ。
火鳥は香炉に火をつけた。
甘ったるい香の匂いが、かすかに空気に混ざりはじめた。
一益は、じっと火鳥を見ている。
とうとう火鳥が言った。
「私の顔に、何かついておりますか?」
今初めて自分が火鳥を凝視していた事に気付いたようだ。一益が答えた。
「いや――失礼。
昔、別れたきりになってしまった妹と、とても良く似ていらっしゃったので。
つい、凝視してしまいました」
ああ。そういうことか。
一益は続けた。
「ですが、記憶の中にいる私の妹より、火鳥様の方がずっと美しいようです」
「まあ」
楽しそうに、火鳥が笑った。
「お上手ですこと」
俺はもう一度一益を睨みつけた。
同感だ。




