表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の妻は忍(しのび)ですか? ――でもって、もしや、次に殺される男は俺ですか?? ええ〜っ! 俺、まだまだ生存希望ですけどっ!?  作者: ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/237

〜陽の巻〜

 ――俺は。やりきった!――


 自然と笑みが浮かぶ。


 ちらりと岸辺を見ると、何やら騒いでいる集団がいる。

 十人以上はいるだろうか。

 毒蛇でも出たのかもしれない。

 まあ、彼らでなんとかするだろう。



 それより、大蛇だ!


 俺は岸に上がった。

 わっ、と皆が駆け寄ってきた。

 差し出された手拭いで、体を拭く。

 顔を拭いたら、少し血が付いた。脇差を咥えて泳いでいたので、口角を少し切ったらしい。


「隅から隅まで探したが、もう、大蛇はいなかった。

 ――誰か、確認してきてくれ」

 歓声が上がる。


「鵜太郎、行けっ!」

「よしきた!」

 そんなやり取りが聞こえ、男が一人、池に飛び込んだ。

 

 男は何度も水に潜って確認している。やはり大蛇はいないようだった。



 ――良かった!――


 みんな、喜んでいる。

 俺は! 満足だ!


 地面に置いておいた着物を身につける。

 那古野村の村長が、着付けを手伝ってくれた。


「良かったな!」

 俺はテンション高めだ。


「はい」

 那古野村の村長が言った。

 おい、テンション低いな!


「これで皆、安心してあまが池に行けるな!」

「はい。それはもう――和颯様のおかげでございます。

 ありがとうございます……」


 ええー。

 なんで、一緒に喜んでくれないの?


「うんうん、良かった! 俺はもう帰るから、俺の馬を曳いてきてくれ」

「――えっと……。……承知しました」

 村長は少し困ったように言う。


 ん?


 なんか、様子がおかしくないか?

 村長は、池の近くにいる集団をちらちらと盗み見ながら、俺の顔色を窺っている。


「――なにか、あったのか?」


「それが……」

 俺が聞くと、村長はほっとした表情を浮かべた。

「先ほど、奥方様が、池のほとりで倒れてしまわれて」


「は?」


「えっと――」

 奥方様って? 誰の?

 

 いや。

 俺しかいないよな。


 俺の奥方様って? 火鳥?

 ――他には……いない。よ、な?


 嘘だろ。


 声が震えた。

「火鳥が、来ているのか?」


 俺が近づくと、人垣が割れた。

 人垣の向こうに、各務野に肩を抱かれ、死んだように地面に横たわる火鳥が見えた。


 俺は、その場に立ちすくんだ。

 足に根が生えたように動けなかった。


 村長が遠慮がちに声を上げた。

「和颯様が水に入られた直後です。

 奥方様がいらっしゃり、あまが池の縁に立たれました。

 『あまり近づきすぎると池に落ちますよ』と申し上げても、聞こえいていないご様子でした」


「どうして……」


「奥方様は、懐剣を握りしめて、ずっと水面を見つめていらっしゃいました」


「――何しに、来たんだ……」


「あの……。

 私が思いますに……。

 万が一、和颯様が大蛇に襲われたら、奥方様も水に飛び込んで、命がけで助けに行かれるおつもりだったのではないでしょうか」


「いや。

 火鳥は、命がけで俺を助けたりはしない」

 

 火鳥が命がけで誰かを助けるとしたら、相手は俺じゃない。

 火鳥が愛しているのは、萌の兄なんだ。

 許せないことにそいつは、火鳥を残してとっくの昔に死んでいる。


 鋭い爪で胸の表面を引っかかれる感覚。

 久しぶりだ。でももう、この感覚にも慣れてしまった。

 

 あ。むしろ。

 火鳥はやっぱり斎藤道三の放った暗殺者(アサシン)で、俺が大蛇に襲われたら、そのどさくさに紛れて、俺に致命傷を与えるつもりだったとか?

 ――そっちの方が、しっくりくる。


「おそれながら……和颯様は、奥方様を誤解なさっているのでは?」

 村長が遠慮がちに言った。


「盗賊が来た夜のことを、憶えておいでですか?」

「もちろんだ」

「あの夜、我々は村の男全員総出で、和颯様のもとへ駆けつけました。――その理由を、ご存じですか?」

「麦を守るためだろう?」

「もちろんその通りです。ですが、あの夜我々は誰一人、盗賊の存在に気付きませんでした。

 奥方様が、夜中に我々を起こしに来るまでは」


 村長の声に励まされるように、集まってきた那古野村の皆が次々と口を開いた。


「火鳥様は、必死だったがや」

「村中の家の戸を一軒残らず叩いて、全員叩き起こして回ったが」

「きっと、急いで飛び出してきたんだなぁ。草履も履いていなかったもの」

「あの時は、和颯様も裸足だったなぁ」

「そうそう。和颯様は、着物もはだけて」

「残念ながら、火鳥様の着物ははだけていなかったけれども――」

 残念そうに言う男を、軽く睨みつけて黙らせる。


「じゃあ、あの時は。火鳥が皆を起こしたから、加勢に来てくれたのか?」

「そうだぁ。だってあの夜は皆、ぐっすり眠っていたもの」

 ――そう。だったのか……


 ――知らなかった……。


 火鳥は、そんなこと、俺に、一言も、言わなかったから。


 俺の足から生えていた根が、溶けるように消えた。

 俺は人垣の間を通り、火鳥の傍まで歩いていった。

 集まった皆が黙って俺を見ていた。


 各務野が、地面に座り込み、横たわる火鳥の肩を抱いている。

 火鳥は、右手に懐剣を握りしめたまま、ぐったりとまぶたを閉じていた。

 各務野が配慮したのだろう。懐剣には、既に鞘がはめられていた。


 俺は、火鳥の傍に膝をついた。

 

 俺が火鳥の右手から懐剣を取り上げようとするのを、各務野が静かに制した。

「強く握りしめておいでです。今は、このままにしてくださいませ」

 俺は各務野に従った。

 


「火鳥……」

 

 俺は、火鳥が握りしめている懐剣を見た。

 柄と鞘は白木でできている。

 大きさも、火鳥が使うにはやや大きすぎるように感じた。

 おそらく、男物。


 萌の兄の、形見……なの…か?

   それでも俺は。


 

「和颯様、馬を()いてまいりました。後のことはお任せください」

 馬の足音がして、俺のすぐ近くで止まった。

「和颯様は奥さまと、お屋敷へお戻りくださいませ」

「ありがとう――そうさせてもらう」




 俺は、火鳥の顔にかかる長い髪をそっと払った。



 お前に……借りができたな。



 俺は火鳥を抱き上げ、立ち上がった。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ