大蛇退治
~陽の巻~
濁った水。視界が悪い。
俺はまず、今自分がいる周辺を調査し、その後徐々に捜索範囲を広げることにする。
途中、息継ぎのため、水面に顔を出す。
俺が顔を出すたびに、集まった村人たちが騒ぐ声が聞こえる。
――大丈夫だ。
大丈夫だ。
俺は。まだ。
まだ、死んでいない。
俺は、何度も息継ぎをしながら、池の隅から隅まで、丹念に大蛇を探した。
~陰の巻~
(和颯様の奥方様だ)
(火鳥様だ)
ひそひそと、ささやかれる声。
こちらは忍。
いかなる時も目立つのは避けるべきだ。
でも、今はそれどころじゃない。
「火鳥さま……」
各務野が、気遣うように声をかけた。
――どうする? どうする? どうする?――
大蛇と戦うことを想定した準備など、してきていない。
持っている武器は、懐剣だけだった。
懐剣しかないのなら、懐剣だけで何とかするしかない。
火鳥は帯に挿していた懐剣を抜き、握りしめた。
泳ぎは。得意ではない。
闇雲に池に飛び込んでも、体力を奪われるだけだ。
ならばいつ、飛び込んだらいいのだろう。
池が――織口和颯の血で赤く染まった時?
いや、それでは遅い。
大蛇が織口和颯に襲いかかる前に勝機を見出さなくては。
水面を凝視していれば、先に大蛇に気付けるだろうか。
そもそも。
大蛇に勝てる見込みはあるのか?
いえ。たとえ勝てなくても――。
水面に波紋が広がった。
取り囲む人々の間に緊張が広がる。
火鳥は懐剣の柄を、右手でしっかりと握った。
右手に左手を添える。
柄は自分に、刃は池に向けて構える。
いつでも飛び出せるよう腰を落とした。
水面から現れたのは、織口和颯の顔だった。
――い、生きてる……――
くずおれれそうになる膝を支え、姿勢を保った。
織口和颯は懐剣を口に咥えたまま、大きく息を吸うと、再び池に潜った。
火鳥の息が止まる。
音が消える。
永遠とも思える時間が過ぎる。
水面の別の場所に再び波紋が広がった。
火鳥は懐剣を構える。
ひりつくように息が止まる。
織口和颯が顔を出した。
火鳥は喘ぐように息を吐く。
織口和颯が息を吸い、また潜った。
水に波紋が広がる度に、火鳥の呼吸が乱れる。
~陽の巻~
広い池の中を、隅から隅まで泳いだ。
どれだけ探しても大蛇はいなかった。
「大蛇は、いない」
俺は水から顔を出し、大声で叫んだ。
岸辺から、安堵のため息が漏れた。
俺は、岸に向かって泳ぎ始める。
~陰の巻~
水から顔を出した織口和颯が大声で言った。
「大蛇は、いない」
彼は岸に向かい、なめらかに泳ぎ始める。
――ああ……。
……………良かった……。
火鳥の膝が崩れた。
視界がぐらりと揺れ、音が遠ざかる。
世界が、暗転した。




