~陰の巻~
各務野との稽古を終えて屋敷に戻った時、織口和颯は不在だった。
いつもなら、庭で剣か槍でもふるっているのに。
どこへ行ったのだろう。
火鳥は、各務野を部屋に残し、一人で屋敷の門の前へ行った。
地面についた足跡を見る。
人の足跡が、多数。
馬の蹄は――屋敷から外に出る蹄が二つ。外から屋敷に戻る蹄が一つ。
足跡が付いた順番は。
まず、屋敷から出る蹄の跡。――これは、織口和颯が朝の遠乗りに出かけたものだろう。既に薄く消えかかっている。
その上を、いくつもの人の足跡が踏みつけている。
人の足跡の上に、外から屋敷へと戻る蹄の跡。――遠乗りから帰った時についたものだろう。消え具合から察するに、二時間前、といったところか。
その上に、真新しい蹄の跡がついている。前の二つとは蹄の形が違うから、違う馬に乗ったのだろう。
つまり。織口和颯はいつもの通り遠乗りに出かけ、帰ってきた。
その後、馬を変えてもう一度出かけている。
二度目の外出の時についた蹄の跡は、歩幅は狭く、後ろ足もくっきりと残っている。これは、馬が歩くときにつく足跡だ。
馬を走らせるのではなく、歩かせている。
緊急の用事があったというわけではなさそうだ。
「もしも俺が明日、死ぬとしたら」
彼は昨日、確かにそう言った。
合戦の噂は聞いていない。
馬を、急がせてもいない。
だから、そんなはずはない。
イライラしながら、2時間ほど屋敷にとどまった。それでも織口和颯は帰ってこない。
「ちょっと、織口和颯の書斎に忍び込んでくる」
各務野に告げて、火鳥は立ち上がった。
書斎は神経質なまでに、きっちりと片付いていた。
文机の上には、立派な漆塗の箱が鎮座している。
目に付く物はそれだけ。
筆や硯も見当たらないから、漆箱の中にしまったのだろう。
漆箱の蓋は、ぴったりと閉じてあった。
何かを探している、というわけではない。
ただ、なんとなく。
織口和颯の情報が欲しくて……。
――――――いや、違う。
探しているものが、ある。
それは小さい。
無造作に置いてあったら、捨てられてしまうほどの。
おそらくは、紙に包まれていて。
どこかにしまってあるはずだ。
彼なら、どこにしまうだろう。
棚の中。箱の中。小物入れ――。
どこも可能性はあるが、決定打には欠ける。
こうなったら、手当たり次第探していくしかない。
火鳥は、棚に置かれた箱を開けてみた。
筆と硯が、墨を落とした状態で並んでいた。
おや?
筆と硯は、漆箱の中に入っていると思っていた。
それが棚に置かれた箱の中にある。
じゃあ、漆箱の中に入っているのは?
火鳥は箱の蓋に触れた。
黒い、立派な漆塗りの、大きめの四角い箱だ。
文机の上、中央に置かれている。
火鳥は箱の蓋を両手で取った。
大きな黒い箱の中に、ひとつだけ。小さな白い紙で包まれたものが入っていた。
――あった……――
火鳥の指が震える。
紙は、四角く、きっちりと折りたたまれていて。
火鳥は紙がしわにならないように気を付けながら、ゆっくりと中を開いた。
中に入っていたのは。
褐色の、紐。
――昨日、織口和颯の髪を結っていた――。
紐と一緒に小さな紙が入っていた。
紙には『萌に、真っ白い毛並みの仔猫を探してやってほしい』と書かれている。
――冗談じゃないわ!――
本当に、今日死ぬかもしれないなんて。
そんなの。
聞いてない――!




