帰宅
本家から俺の住む屋敷まで、歩いて一時間。
火鳥姫は籠に乗っているため表情は見えない。
籠の側を歩く各務野は、憤懣やるかたない、といった表情をしている。
各務野の後ろを、峯がついてくる。
峯は、今日限定で父が貸し出してくれた、ベテランの侍女だ。今夜、火鳥姫が湯殿で身を清めるのを手伝ってくれる。
(という名目で、火鳥姫が寝室に凶器を持ち込めないように監視してくれる。
なんせ、敵国の姫だからな。ボディーチェックは必須だ)
俺は、美濃から来た、華やかな侍女たちを見た。
彼女たちは「ふざけるな」「話が違う」というオーラをガンガン発しながら、火鳥姫の乗る籠を睨みつけて歩いている。
本家と分家では、何から何まで、天と地ほどの差があるからなぁ。
俺は祝言の席を思い出した。
火鳥姫の世話をしていたのは、各務野だけだった。
他の侍女は、明らかに火鳥姫に手伝いが必要な時でも、決して手を貸そうとしなかった。
理由は分からないが、侍女達は、火鳥姫を嫌悪している。
このまま、この集団を、あの新築の屋敷に押し込んだらどうなるだろう。
女は陰湿だからな。
きっと俺の知らないところで、火鳥姫がいじめられるんだろうな。
……それは、なんか嫌だ。
火鳥姫のことは好きではない。しかも、いわくつきの姫君だ。
できれば今すぐにでも美濃に帰ってほしいと思っているけれど。
でも、俺の妻になった女だ。
俺のせいで辛い思いをさせるのは可哀想じゃないか。
俺は政じいを呼んだ。
「――屋敷に、使っていない部屋があったよな」
「はい。二部屋ございます」
「あそこ。火鳥姫に使わせてやれ」
政じいが目を剝いた。
「正気ですか!? 和颯様、お考え直し下さいませ!」
ああ……。
やっぱりやめたほうが良いかな?
どうしよう……。
結局、俺の屋敷に案内した。
一部屋は庭に面した、日当たりのいい広い部屋。
ここを火鳥姫に使ってもらえばいい。
もう一部屋は、屋敷の端にある、一回り狭い部屋。
先ほどの部屋の隣ではないし、日当たりも、あまり良くない。
でも、性格の悪そうな侍女集団の待機場所としては、十分だろう。
火鳥姫に二つの部屋を見せると、床に手をついて礼を言った。
無駄のない、奇麗な所作だった。
「では、火鳥姫」
峯がずいっと前に出て言った。
「湯殿の準備が手来ております」
火鳥姫は各務野を見た。各務野は既に、火鳥姫の着替え一式と思われる包みを持っている。
各務野が、頷いた。
「こちらへ」
先に立って歩く峯。火鳥姫が、目を伏せたままついて行く。鋭い目つきの各務野がその後ろを歩く。
峯と各務野に挟まれると、火鳥姫の背の低さと線の細さが際立った。
ふと疑問がよぎる。
――あんな、今にも折れそうな体で、人を殺せるものだろうか――
「和颯様。――和颯様」
名前を呼ばれてはっとする。
政じいがこちらを見ていた。
「和颯様もご準備をなさりませんと。参りましょう」
この村に、湯殿は、二つある。
火鳥姫を案内したのとは別の湯殿で、俺は政じいに身を清めてもらう。
「――ずいぶんと、華奢な姫君でございました」
「ああ」
「……あのような体で、子供が産めるのでしょうか」
「――さあ」
正妻に求めらること。
それは、一にも二にも、男児の出産だ。
「……まあ、それよりも先に、心配するべきことがありますが……」
そう!
出産より、俺の命ね!
俺は、先ほど感じた疑問を政じいにぶつけてみることにした。
「あんなに細い体で、人を殺せると思うか?」
「少なくとも、太刀を振るうことは難しそうですな」
政じいは即答した。
太刀。いわゆる日本刀は、けっこう重い。
長い棒状なので、てこの原理も働く。
普段からよほど筋肉をつけておかないと、いざという時、自由に振り回せない。
「しかし、人を殺す方法は、何も太刀を振り回すだけではございません」
政じいは声を落とした。
「聞くところによりますと、腕利きの『くのいち』は、媚薬を使うとか」
び、媚薬っ!!
「床に入り、媚薬を使い、男を骨抜きにしたところで――ぐさり、と一突きに」
――なんですと!?
「まあ、さすがに初日からそんなことは、しないと思いますが。――和颯様、念のため、ご用心を」
最後は冗談めかして言う。
は、ははは……。 俺は、乾いた笑いを返した。
え、え、え、え~~!?
俺は、いつ、何を、どう、用心したらいいの~!?




