陽の巻
「……火鳥は。
『カゲロウ』について、何を知っている?」
「え?」
「たいして良く知らないんだろう。
いいか。よく聞け。
普通の虫は。幼虫が脱皮して、成虫になる」
「……」
「カゲロウも同じだ。
幼虫が脱皮して成虫の姿になる。羽が生えて、飛べるようになる。
普通はそれで終わりだ。
でも、カゲロウはそれで終わりじゃない。
カゲロウはな。
脱皮して、成虫になったその後で、もう一回、脱皮するんだ」
ただのこじつけだ、ということは分かっている。だから何だ、と言われたらおしまいだ。
だけど、俺は必死だった。
火鳥の瞳に、わずかな揺らぎが見えた。
俺は、火鳥の体を押さえつける力を緩めた。
火鳥の豆だらけになった固い右手にそっと触れる。
――美しい、手だ。
強く、美しく、気高い。くのいちの、手。
こんなになるまで、稽古して――。
生半可な努力でたどり着いた場所ではないはずだ。
俺が。
――こんなところで死なせないぞ。
「道三殿は――。
火鳥の目の前で首を切られたと聞いた。
道山殿は最後の瞬間、『火鳥に後を追って死んでほしい』と願って死んだのだろうか?」
思い出せ。
『火鳥』は、道三殿がつけた名前じゃないか。
火鳥とは、鳳凰のことだろう?
鳳凰は死なない。
死ぬ前に自らの体を焼き尽くし、炎の中から新しく生まれ変わるという――。
「なあ。火鳥……。
新たに――。
――俺に、仕えないか……?」
火鳥と目があった。
火鳥は目をそらした。
――俺では、斎藤道三の代わりにはなれない、か……。
確かに。俺なんか、美濃の覇者・斎藤道三とは比べものにもならない。格が違うのは承知の上だ。
でも俺は、諦めが悪いんだ……!
まだまだ、だ。
もう一押し。
「親子は一代の縁。
夫婦は二代の縁。
主従は三代の縁だという。
火鳥と道山殿は、親子で、主従だった。
確かに、強い絆だ。
だけど俺と火鳥は――。夫婦で、主従だ」
火鳥がぼんやりとした瞳で、俺を見た。
『何を言っているんだ?』と言いたげな口元。
火鳥が俺に嫁いで来たのは、ただ、くのいちとしての任務に従っただけだということは分かる。それでも。夫婦は、夫婦だ。
任務だろうが偽りだろうが策略だろうが。
俺たちは、祝言を挙げた。
そうだろう? 違うか?
「俺が、新しい名前を与える。
帰る場所はここだ。
――これからは、俺のために生きろ」
頼む! 共に生きよう!
――火鳥……。
燃え上がる炎のような。美しい、くのいち。
火鳥の瞳に、小さな光が宿った。
焼け跡に消え残った最後の炎が、かすかに揺れるような声が聞こえた。
「――では、わたくしに。
名を――。お与えください」




