~陽の巻~
「『カワセミ』とは、一益のもう一つの名だったな。
火鳥にも、別の名があるのか?」
小さく顔をしかめ、火鳥は口にした。
「……―――『カゲロウ』……」
『陽炎』か……。
誰が名付けたのだろう。
これ以上火鳥にぴったりの名があるだろうか。
近いのに、掴めない。
見えるのに、存在しない。
くのいちとしての最高の称号ではないだろうか。
「――……いい、名だ」
火鳥は顔をしかめた。
「私は嫌い」
「なぜ?」
「カゲロウには口がないというもの。
『食べるな、早く死ね』。
名を呼ばれるたびにそういわれている気がした」
――えっ? そっち!?
『陽炎』じゃなくて、虫のほうの!?
たしかに……火鳥は細いし小さいし、少食だけど……。
「他に、聞きたいことは?
父の秘密に関することでなければ、話してあげるわよ」
「――」
そんな風になんでも話すのは、もうこの世から消え去るつもりだからか?
そんなの。
――許さないぞ。
「何もないなら、今すぐ一思いに――」
「殺すわけないだろう!?」
「いいえ。どうか殺してください。
私は父のためだけに生きてきたの。
父を失い、私は生きる意味を失ったわ。
もう――生きていきたくないの………」
俺は泣きそうになる。
――そんなこと言わないでくれ!
「頼む火鳥! 死なないでくれ」
「お断りよ。
斎藤道山は私の父で、私の主だったの」
「俺は――夫だ」
「父は――。
私のすべてだったわ。
私に名を与え、帰る場所を与え、生きる意味を与えた。
父がくのいちとしての私に『儂の娘として生きよ』と言ったから、私は今まで生きてきたの」
火鳥は、ほんの少しも揺るがない意志の宿った、強い瞳で虚空を見つめた。
ああ……。
――この方法ではだめだ。
俺は――。力では火鳥に勝った。
今この瞬間も、火鳥の全身の自由を奪い、力任せに、ねじ伏せている。
それでも、彼女が死を選ぶことを、止めることすらできそうもない。
火鳥は。
強く、賢く、誇り高い。
何人たりとも、力づくで彼女を従わせることなんてできないんだ。
――彼女自身の気持ちを変化させなければ。
火鳥。
お前は。
自分のことを『目的のためなら手段を選ばない』と言ったな。
『どんな汚い手でも使う』とも。
――自分だけだと思うなよ……。
俺だって。
目的のためなら手段を選ばないんだ。
必要とあらば、どんな汚い手だって使ってみせる。
しかも、俺は。
諦めが悪いんだ――。




