表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の妻は忍(しのび)ですか? ――でもって、もしや、次に殺される男は俺ですか?? ええ〜っ! 俺、まだまだ生存希望ですけどっ!?  作者: ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

230/237

~陰の巻~

「やあっ!」

 掛け声と同時に、左足を踏み出す。

 手にした脇差を、和颯の左肩から右腰へと、斜めに大きく振り下ろした。


 和颯の瞳が瞬く間に鋭さを帯びた。

 小さく一歩、踊るように後ろに下がり、切っ先を躱す。

 構えられていた鞘が素早く動き、火鳥のもつ脇差を上から叩きつけた。

 

 ――想定通りっ……!


 火鳥は即座に刀を返す。

 わずかに角度を変え、鞘の根元を狙った。

 和颯が振り下ろした鞘は、美しい軌跡を描いて脇差の刃をとらえた。


 パーン!


 和颯の持つ唯一の武器であった鞘が、根元から切れた。


「なっ……」

 驚愕の表情を浮かべる和颯。

 火鳥は和颯に、考える隙を与えない。

 すかさず次の一突きを繰り出す。

 一手。

 二手。

 三手。

 小刻みに繰り出される突き攻撃。

 折れた鞘でははじき返すこともできず、和颯は足の運びでそれを躱していく。


 ――ここだっ!


 火鳥は渾身の力で脇差を突き出し、そのまま手を離した。

 火鳥の手を離れた脇差は、和颯の腹に向かって飛んでいく。

 腹は急所だ。

 彼は大きく飛び退き、身を逸らすはず。


 ――今だ!


 火鳥は飛んでいった脇差には目もくれず、足元の懐剣に飛びついた。

 父の形見を素早く拾い上げる。

 即座に自分の喉を一突きに――。



  「何すんだっ!!」

 


 肩への衝撃。

 視界が反転し、床に押し倒されたことを知る。

 肩への衝撃。火鳥は悲鳴を上げた。

 ねじりあげられた両手首に大きな掌がかぶさり、そこがひどく暖かい。

 即座に反撃しようとした火鳥の脚の上に、もっと大きな脚が重なった。

 ねじろうとする躰を彼の胸板が押さえつける。


 それでも火鳥はもがいた。

 両手両足にかかる力が強くなり、上半身も押さえつけられた。

 全身が、押しつぶされそうだ。

「―――っ!」

 ――身動きが取れない。


 力の差は圧倒的だ。体格差も。


 それでも火鳥は全力でもがこうとし続けた。

 和颯は無表情に眉根を寄せ、黙って押さえつけている。


 彼の切れた頬から一滴の血が垂れ、火鳥の耳元を濡らした。

 和颯は、決して大柄ではない。

 それでも、ほんのわずかの身動きさえ許されぬほどに、あっさりと奪われた身体の自由。



 各務野は――。女だが大柄で、体つきもがっちりしていた。

 各務野ならば、この状況でもきっと、勝機を見出していたはずだ。




『この体格で、生き延びるのは無理でしょう』

 初めて会った日、ちらりと火鳥を見た熊蜂は、道三に向かってはっきりとそう告げた。

『危険な任務です。正体を知られることもあるでしょう。

 そんな時、最後に身を守るのは、結局、物理的な力なのです。

 すぐに死ぬような娘に稽古をつけるなど、時間の無駄。お断りします』

 

 あの時。

 道三が床に積み上げた金粒の袋を見て、熊蜂はめんどくさそうに顔をしかめていた。

 とうとう積み上げた袋の中から3つだけをつまみ上げ、こう言った。

『ならば、お望み通り、この娘に稽古をつけましょう。ただし、3日の間だけ』



 稽古は厳しかった。

 それでも火鳥は喰らいついた。

 熊蜂は、4日目の朝もそこにいた。

 いつの前にか『各務野』と名を変え、常に火鳥の傍にいるようになった。


 自分が体格に恵まれていないことくらい、分かっている。

 それでも、人の何倍も努力すれば、いつかはきっと報われると思っていた。




 ついに火鳥は力尽きた。

 練習量が。足りなかったとは思えない。

 ――どれだけ一生懸命に訓練しても、最後には、持って生まれた体格がものをいう。

 それじゃあ、今まで自分が、血を吐くようにして積み上げてきたものは、いったい何だったんだろう……。



 申し訳ありません、師匠。

 結局、師匠につけていただいた稽古はすべて、無駄だったようです。


 虚しい。やるせない。



 女としてもくのいちとしても出来損ないの自分は、いったい何だったのだろう。

 せめて。

 せめて小柄な男か、人並みの体格の女として生まれていれば……。


 涙が、零れそうになる。

 

 ――くのいちは、泣かない。

 火鳥は両目に力を籠め、流れ落ちそうな涙を目の奥に押し返した。



 彼の息も荒い。

「―――っぷ、はあ……。

 これで、終わりか?」


 和颯が両手両足で火鳥を押さえつけたまま顔を上げ、火鳥を見下ろした。

 火鳥は唇を噛んで目をそらした。


「やっと――。捕まえた」



「――うぅぅ―――っ!!」

 悔しい!

 悔しい!!

 悔しい!!!


 あと少し。ほんのもう少しだけでも身体が大きければ……。

 あんな体当たりには負けなかったはずだ。



 ――弱者は、自らの意志で死ぬことすら許されない……。



 火鳥は、圧倒的な筋力差で自分を押さえつける男を睨みつけた。


「もう、逃げられないぞ」



 和颯が、手を動かした。

 左手で火鳥の両手首をまとめて押さえつけたまま、右手で自分の頬をこすった。

 彼の頬は浅く切れていて、滲んだ血が彼の右手に付着した。

 和颯は少し驚いたようにその血を一瞥すると、火鳥の頭上――懐剣を握りしめたまま、ねじりあげられた火鳥の両手――に視線を移した。


「なあ、火鳥。

 もう、いいだろう?」


 彼の右手が、火鳥の左手に触れる。

 火鳥は両手で、懐剣を強く握りしめた。

「力勝負で、勝てると思うか?」

 低い声がつぶやいた。

 火鳥は精いっぱいの抵抗を試みた。

 和颯の手が――剣を握り続け、豆だらけになった、固く大きな右手が――火鳥の華奢な左手を掴み、懐剣から引き剝がした。

 火鳥が懐剣を握る手は、右手だけになった。


 彼は、火鳥から懐剣を取り上げようとした。

「これは――。

 もう、離せ」


 ―――嫌ですっ!!!



 火鳥の右手首は、和颯の左手で押さえつけられている。

 火鳥は左手で和颯の顔を引っ掻いた。左手一本で全力の拒否を示す。

 必死に抵抗する火鳥の左手は、すぐさま和颯の右肘の下に挟み込まれ、押さえつけられた。

 床に片肘をつく不自然な姿勢をとりつつも、圧倒的に優勢な和颯の両手が、懐剣を握りしめる火鳥の右手に触れる。

 火鳥は右手で、いっそう強く懐剣を握りしめた。

 和颯は火鳥の指を剝がそうとする。

 火鳥は右手の指に力を籠めた。

 和颯は火鳥の指を剥がせない。

 和颯の右手があきらめたように一旦離れ、火鳥の人差し指だけをとらえる。

 毎日、毎日、ただひたすらに刀を握りしめ、指先まで固くなった彼の右手。

 その力が、火鳥の人差し指だけにかけられた。


「――っくぅぅ―――っ!!」


 最後の、全力の、抵抗が、和颯の両手で打ち砕かれる。

 火鳥の人差し指が、柄から離された。

 彼の動きが、一瞬、止まった。


 涙が、滲む。

 

 中指、薬指、小指、そして親指。

 すべての指が柄から剥がされ、懐剣が取り上げられる。

 代わりに彼の左手が入り込んだ。

 彼の左手が、火鳥の右手をまさぐった。


「――火鳥………」

 彼は驚愕と戸惑いの表情で、火鳥を見下ろした。


「―――この――……。

 この、手は―――」



 火鳥はキッ、と和颯を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ