寝室
織口和颯は、熟睡していた。
規則正しい寝息が聞こえる。
枕元には、いつも身に着けている太刀と脇差が置かれている。
火鳥はいつでも庭へと逃げられるよう、わずかに開けた扉の前に立った。
帯に挿してきた扇を取り出して織口和颯の顔に風を送った。
――起きて……
顔に風を送られても、織口和颯は規則正しい寝息を立て続けている。
良く寝ているようだ。
――起きて――
次に火鳥は、織口和颯が体の上にかけている夜具を引っ張った。
少し引っ張り、すぐに扉の前に戻る。
それでも起きないので、今度は強めに引っ張る。
引っ張ったらすぐ、扉の前に戻る、を繰り返す。
織口和颯はぴくりとも動かない。
麦畑からは、ほとんど物音が聞こえない。静かに仕事をこなしているようだ。
――盗賊はなかなかの腕利き。
早く織口和颯を起こさなければ。
盗賊たちが、仕事を終えてしまう。
――起きて!――
火鳥は織口和颯の着ている夜着の端を強く引いた。
織口和颯は寝返りを打っただけだった。
――起きて!!――
火鳥は思い切って、織口和颯の体にかかっている夜具を取り上げてみた。
織口和颯は起きなかった。
――ああっ! もうっ!!!――
このままでは盗賊が帰ってしまう。
火鳥は、織口和颯の真横に立った。
彼の体の下にある夜具の端を両手で掴む。全身の力で夜具を引っ張っても、火鳥の腕の力ではびくともしない。
火鳥は覚悟を決めた。
右足の裏で、織口和颯の体を力いっぱい蹴り飛ばすと同時に、渾身の力で夜具を引き抜く。
織口和颯の体が勢いよく回転して、夜具から転がり落ちた。
「うわあぁっ!!」
叫び声がして、織口和颯が目を覚ました。
火鳥は手に持った夜具をその場に投げ捨て、部屋の隅の暗がりにうずくまった。
部屋の隅は暗い。火鳥の体を隠すものは何もないが、火鳥自身が動かなければ、見つかることはないはずだ。
心臓がバクバクと音を立てる。
織口和颯は床に座り、驚いたように周りを見回した。
寝ぼけ眼のまま、庭へ続く扉を不思議そうに見ている。逃走経路確保のため、火鳥が開けておいた場所だ。
――本当に、この男は、油断ができない……――
織口和颯はぼーっとした顔のまま、先ほど火鳥が引き抜いた夜具を整え、中へもぐりこんだ。
――えっ! 寝ちゃうの!?――
こんなに苦労して起こしたのに!?
その時。猿轡がずれたのだろう。
少し大きな声がした。
「誰かぁ! 助けてくれぇ!」
織口和颯が飛び起きた。
火鳥は部屋の隅で息を殺す。
織口和颯は、枕元に手を伸ばすと、太刀を掴んだ。
「起きろ! 敵襲!」
屋敷に響き渡るほどの、大声で叫んだ。
織口和颯は、返事も待たず、草履も履かずに外へ飛び出した。
――え?――
屋敷の中はしん、と静まり返っている。
――え? え?――
織口和颯の足音が、麦畑へと走り去っていく。
屋敷の中は、物音ひとつしない。
――え~~~!?――
バタバタっと部屋の扉が開く音がした。
「和颯様っ!?」
政じいだ。
……よ、良かった……。
「皆、起きろ! 敵襲だ!」
政じいが皆をたたき起こす音がする。
――だが、だれも起きない。
――えっ? えっ? えっ? ええええええ~〜!!
盗賊のたてる音は、複数人だった。
しかも、なかなかの手練れと見た。
そこに、太刀一本で、一人で飛び込んでいったバカがいる。
嘘でしょ……
――このままでは、織口和颯が殺されてしまう。
せっかく苦労して、織口家に輿入れしたのに!?
織口和颯が死んでしまったら、潜入は終了だ。
ここで織口和颯に死なれると……
―――困る!!!!
織口和颯の部下が、全く頼りにならないことは分かった。
早く、何とかしないと!
火鳥は裸足のまま屋敷を飛び出し、村に向かって駆け出した。
「起きて!! 起きて!!」
大声で叫ぶ。
村の家の扉を一軒ずつ、力いっぱい叩いて回る。
ドンドンドンドン
「お願い! みんな! 起きて!!」
かんざし代わりに髪に挿していた木の枝は、途中で引き抜いて地面に捨てた。
頭の後ろでまとめていた長い髪が、ばさりと背中に垂れる。
「盗賊よ! 盗賊が来たわ!!」
喉が嗄れるほど叫ぶ。
「盗賊よ! 麦を盗みに来たの! お願い!! みんな! 起きて!!!」
「なんだとっ!」
さすがに百姓の動きは速かった。自分たちの食糧を奪われるとあってみな飛び起き、手に手に武器を持って麦畑へ向かっていく。
すべての家の扉を叩き、村の男全員を麦畑に向かわせた。
さすがにこれだけの人数がいれば、なんとかなるだろう。
火鳥は、自分の足を見た。裸足だし。泥だらけ。
手も汚れているから触れないけれど。髪も、多分、ぼさぼさになっている。
――麦畑の方はどうなっただろう。
火鳥は、夜の闇に紛れて、盗賊の声のする方へ近づいた。
三十人以上の百姓たちを後ろに従え、今にも脱げそうな夜着を纏った織口和颯が見えた。
――生きて、喋っている――
良かった――。
ほっとすると同時に、どっと徒労感が襲ってきた。
任務は遂行できたし、織口和颯も死ななかった。
これで良かった……はずだ……。
――つ、つ、つ……疲れた……。
火鳥はよろよろと、屋敷へ戻った。




