~陽の巻~
「やあっ!」
掛け声と同時に、火鳥が一歩、踏み込んだ。
大きく振りかぶられた脇差が、俺の左肩を狙って振り下ろされる。
俺は軽く足を運び、振り下ろされる切っ先を躱した。
火鳥の脇差は、刃を下にして振り下ろされている。
脇差の刃は、切れる場所が決まっている。
切っ先と片面は鋭い刃になっていてよく切れる。刃の反対・峰の側は、切れない。
俺は火鳥が脇差を降り下ろしきる前に、手に持った鞘を振り上げた。
峰を狙って、力いっぱい鞘を打ち下ろしす。
――衝撃は痛いだろうが。我慢しろよ……!
峰に向かって撃ち落とされる鞘の衝撃で、火鳥の手から脇差を弾き飛ばす作戦だ。
相当に格下の相手にしか使えないが、火鳥との腕力差なら、間違いなく決まるはずだ。
ところが、俺の鞘が峰に撃ち落される直前に、火鳥の動きが変化した。
くるり、と脇差の刃の向きが返される。
刃が、上を向いた。
俺は鞘の軌道を変えられない。
勢いよく振り下ろした鞘が、鋭く研がれた脇差の刃の、芯をとらえた。
パーン!
俺が持っていた鞘が、根元から切れた。
「なっ……」
――なんだと……っ!
くそっ!
たしかに――。
真剣の刃が当たれば、鞘は切れる……!
―――そんなこと、考えたこともなかったっ!!!!
木刀同士の訓練なら数えきれないほど戦ってきた。真剣勝負だって何度もやった。でも。
真剣 対 鞘の勝負なんて初めてだ!
こんなことが起こるのか!!!
俺が仕える武器は、短くなった鞘だけだ。
――俺は、火鳥に……。
負ける……かもしれない……。
俺は初めて、慄くような焦りを覚えた。
そんな俺に対し、火鳥はすかさず、突き攻撃を繰り出す。
一手。
二手。
三手。
素早さも力強さも、剣の伸びも。俺がいつも戦っている相手の比ではない。
だが、折れた鞘しか持たない俺には、その攻撃を防ぐ術がない。
俺はただ、小刻みに繰り返される突き攻撃から、足だけを使ってひたすら逃げた。
火鳥の身体に、覇気が満ちた。
渾身の一撃。
火鳥が大きく脇差を突き出した。
火鳥は小柄で、腕もあまり長くない。俺は軽く一歩後退して、切っ先をやりすごす。
ところが、突き出された脇差の軌跡がおかしい。
突き出された後、火鳥の体に引き寄せられるはずの刀身が、そのままこちらに向かって伸びてきた。
嘘だろ!
――脇差を、投げたのかっ!
火鳥は『目的のためなら手段を選ばない』と言っていた。
『どんなに汚い手でも使う』とも。
――つまりは、俺を殺すことも辞さない、ということか。
火鳥の手を離れた脇差はまっすぐに、俺の腹をめがけて飛んでくる。
腹は急所だ。
避けないと!!
だけど。
火鳥が脇差を投げたということは、これ以上の小競り合いは放棄したということだ。
――つまり、ここが最後の勝負所!!
――よかろう。受けて立つ!
俺は、前方へ――飛んでくる脇差のほうへ――走った。
短くなった鞘で、脇差を横から払い落とす。はじかれた脇差は宙を舞い、俺の顔の真横すれすれを通過した。
今回は。
今回ばかりは。
――火鳥の思い通りになどさせてたまるか――っ!
俺は、はじき飛んだ脇差には目もくれず、火鳥へ向けて走った。
ほんの数歩の距離。
だが火鳥の動きは素早い。
既に足元の懐剣を拾い上げていた。
火鳥の喉に、懐剣の切っ先が触れ――
「何すんだっ!!」
俺は全力で体当たりをした。もはや手加減なんて言っていられない。
火鳥が、勢いよく肩から床に倒れる。短く鋭い悲鳴が上がった。
俺はすかさず彼女にのしかかる。
まだ懐剣を握りしめている火鳥の両手をつかみ、彼女の頭上に捻りあげた。
それでもまだ火鳥が暴れようとするので、自分の足で彼女の両足を押さえ、自分の体で彼女の体を押さえた。
「―――っ!」
火鳥はあきらめない。
歯を食いしばり、必死で抵抗する。
なんとかして、俺から逃れようとする火鳥。
ありったけの力で。命を削るように。
――やめろ……。
やめてくれ。
俺が――泣いてしまいそうになるから。
力の差は圧倒的だ。体格差も。
それでも火鳥は、俺の体の下で、全力でもがき続けた。
彼は、黙って押さえつけた。
どのくらい、そうしていたのだろう。
ついに火鳥は力尽きた。
涙の溜まった眼で、俺を見上げる。
火鳥の息が荒い。
俺の息も。
だが、今回は――俺の勝ちだ。
「―――っぷ、はあ……。
これで、終わりか?」
俺は、火鳥の上半身を押さえつけていた自分の体を起こした。
火鳥はまだ、隙あらば反撃しようと狙っている。
俺は両手と両足はそのままにして上体を起こし、火鳥を見下ろした。
火鳥は反抗的な瞳で俺を睨みつけた。
そうか。
火鳥、お前は。
こんなにも燃えるような闘志の持ち主だったのか。
知らなかった。
捕まえようとするたびに、するりするりと逃げられてきたから。
火鳥、お前は。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
ずっと俺から逃げ続けてきたよな?
「やっと――。捕まえた」




