陽の巻
俺は、腰に残った脇差の鞘を手に取った。
これなら……。当たれば多少痛いかもしれないが。少なくとも、火鳥に致命傷を与えることは、ない。
火鳥は凍てつくような視線を俺に向けた。
僅かに火鳥が、動いた。
脇差をぴたりと俺に向けて構えたまま、じりじりと壁沿いを移動していく。
俺も同じ距離を保ったまま、じわじわと同心円を描くように動いた。
お互いに、最大限の警戒心を剥き出しにしたまま移動する。遂に部屋を半周し、俺は火鳥を、床に落ちた懐剣のすぐ脇まで追い詰めた。
充分に時間をかけて移動したので、火鳥は腕が辛そうだ。
「わたくしは――」
静かな声が俺の鼓膜を震わせた。
俺ははっとして火鳥を見た。
「目的のためなら、手段を選ばないタイプです」
ああ――。
その話なら、以前、聞いたぞ。
――憶えているとも。
「どんなに汚い手でも使う、とも聞いたな」
二人で、早駆けをした時だ。
俺は、ものの見事に火鳥に負けて……。
あれから、もう何年も経つなんて、嘘みたいだ。
あの時の火鳥のはじけるような笑顔は、今でも鮮やかに思い出すことができる。
「そうですか。
覚えていらっしゃったのでしたら、結構です。
……もう、お忘れください」
あの時俺は、早駆けで負けたが。
今日は、あの時とは訳が違う。
待ち受けているのは一回限りの真剣勝負。それでも。
絶対に、絶対に、絶対に。今回は負けるわけにはいかないんだ。
どれだけ汚い手を使ってくるつもりかは知らないが――。
どんな犠牲を払ってでも、必ず止めてみせる。
脇差の切っ先はプルプルと震え始めた。
火鳥の表情は苦しそうだ。
彼女の腕には、もうほとんど力が残っていないのだろう。
おそらく、彼女には重たすぎる脇差を支えるだけで精一杯のはずだ。
俺達は立ち止まった。
俺は静かに、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
このまま移動したら、火鳥は次の一歩で懐剣を踏んでしまう。
懐剣を拾うにしても跨ぐにしても、一度は必ず下を向くはずだ。
――その一瞬が、火鳥を捕らえるチャンスだ。
不意に、火鳥が切なげな微笑みを零す。
俺はその顔から目が離せない。
「やあっ!」
掛け声と同時に、火鳥が一歩、踏み込んだ。
大きく振りかぶられた脇差が、俺の左肩を狙って振り下ろされる。
――袈裟懸け、か。
筋は悪くない。むしろ、女にしては上出来だ。
だが。
俺は毎日、もっと早い動きの相手と訓練しているぞ。
――格の違いを、教えてやる……!




