陽の巻
一益のすぐ後ろから、5騎の馬が駆けてくる。
一益が、追跡されている。今にも追いつかれそうだ。
対岸で、仲間たちが、必死に叫んでいる。
「一益っ! 頑張れ!」
「走れーっ! もう少しだっ!!」
「粘れ! 一益っ!!」
「ものかは! 走れ―――っ!!」
一益は、小脇に抱えた火鳥を下ろすことなく、半身を捻った。後ろから追いかけてくる騎馬に向け、さっと片手で火縄銃を構えた。
さっき、発砲する音が聞こえた。弾と火薬を込め直さないと、2発目は撃てない。
だが、一益が火縄銃を後ろに構えるのを見て、追いかけてきた男たちが息を呑み、たじろいだ。馬が怯えた。
その一瞬の隙を突き、『ものかは』が一気に加速した。
俺は、切れかけた縄一本で繋がっている舟橋が流されないよう、全身で舟を押さえつけた。
川の水が鎧の下に着た着物を濡らす。冷たく濡れた着物が体に張り付き、俺の体温と体の自由を奪う。
「一益っ! 早くしろっ!」
「すまねぇ!!」
大きく橋を揺らし、『ものかは』が、木曽川を駆け抜けた。水しぶきが俺の髪を濡らし、水滴が額に滴った。
細くなった縄は『ものかは』の駆け抜ける衝撃に耐えきれず、ブチブチと音を立てて切れる。俺は必死になって、橋にしがみついた。
『ものかは』の前足が尾張の土を踏むと同時に、舟橋は千切れて流された。『ものかは』は、最後は尻まで水につかりながらも、何とか木曽川を渡りきった。
尾張側の兵士がどっと群がる。幾人かは一益を取り囲み、残りは橋を回収する。
一益が無事に対岸にたどり着いたのを横目で確認し、俺は大急ぎで小舟に乗り込んだ。
小舟を岸に繋いでいる縄を外す。
蹄の音。
敵が迫ってくる。
敵の怒号は、まるで俺の耳元で叫んでいるみたいだ。
俺は顔を上げそうになる。だが、敵の様子を見たからといって、自分の作業が早くなるわけではない。むしろ、遅くなる。
俺は顔を上げたくなるのを堪える。
手元だけに集中して、指を震わせながら小舟の縄を外した。
俺のすぐ近くで、太刀を抜く音がした。
太刀を振り上げる気配。太陽の光が遮られ、俺の視界に影が落ちた。
――まずい! 近すぎる!!
逃げ切れないっ!
「させるかっ!」
一益の声がして、対岸から火縄銃の音が響いた。
俺の目の前に、血まみれの兵士が倒れてきて、そのまま水に落ちた。
俺は櫂を握る。柄を岸に突き刺し、全身を使って、力いっぱい押し出した。
一益と梁田が、皆に指示を出す声。
火縄銃の音が絶え間なく響く。
敵の兵士が悪態をつく声が聞こえた。
俺は弾丸の間をすり抜けるようにして川を渡り、なんとか対岸にたどり着いた。
川岸では、皆が俺を引っ張り上げてくれた。
「和颯さまっ!!」
皆に支えられ、倒れ込むようにして岸辺に上がる。
た………助かった………。
俺は顔を上げ、岸辺にいる皆を見回した。
兵士たちは――皆、無事みたいだ……。
俺の目線は、一益の足元で凍りつく。
血まみれの火鳥は、ぴくりとも動かない。一益は自分の右足と左足の間の地面に火鳥を寝かせ、両足で火鳥を抱きかかえるようにしながら鉄砲を撃っていた。
………。
火鳥――………。
俺の背後で、俺が乗ってきた小舟が引き上げられる。
義龍軍の兵士は、それ以上追ってこなかった。




