木曽川のほとり
「牛と荷馬車、それと怪我人が優先だ!
ひとりも取り残すな!
全員で帰るぞ!!」
俺は大声を上げる。
ぐずぐずしていたら殺される。
俺が急げと言わなくても、誰もが最大限の速さで、逃げていく。皆が次々と、走って橋を渡っていく。
馬が通るたびに、舟と舟を繋いだ縄がしなり、ぎしぎしと音を立てた。
俺はハラハラしながら、辺りを見回す。
まだ、敵の姿は見えない。
斎藤義龍は、俺が尾張から来ることは予測しているかもしれない。
だが、俺達が今どこにいて、木曽川のどこに舟橋を架けたのかまでは、把握していないはずだ。
最後の1人が、橋を渡り終えた。
俺はやきもきしながら、橋の近くをうろつく。
くそっ……!
一益はまだか……!?
黒龍は帰ってきた。
だけど『ものかは』はまだ、帰ってきていない。
火鳥は黒龍に乗って、瞬く間に木曽川を渡った。
だけど、『ものかは』と一益が、同じように渡れるとは思えない。
このあたりの地理を熟知した美濃の使者ですら、木曽川を越えるのには苦労していたのだ。
一益だって、『ものかは』に乗っているのだ。ゆっくりと浅瀬を探しながらなら、木曽川を越えられるかもしれない。
だけどもし、敵に追われていたら……?
浅瀬を探している間に、きっと襲われる。
でも、舟橋を残したまま、撤退するわけにはいかない。
義龍軍は今、道三の首を取って勢いに乗っている。
俺達が舟橋を残して撤退したら、きっと川を越え、尾張まで追いかけてくる。
尾張が、戦場になる。
舟橋は、川のこちら側からあちら側まで、舟を縄で繋いで作る。
もしも俺が橋を渡ってしまうと、俺に切れる縄は尾張側だけだ。美濃側の川岸には、縄でつながれた舟が残る。
(下図参照)
追いかけてくる義龍軍を振り切るためには。誰かが美濃側の川岸に残り、舟橋の縄を切らなければならない。その後、尾張側で舟橋を回収し、使った舟と板を持ち去る必要がある。そうすれば、敵は簡単に川を渡ることができなくなる。
舟橋の横には、俺が美濃側で橋の縄を切った後で、川を渡って尾張に戻るための小舟が、1艘だけ準備されている。
どうしよう……。
一益は………。戻ってくるだろうか。
――先ほどの斥候は……。
火鳥を見ていない、と言っていた。
一益は…………。
帰ってこないつもりだろうか……。
地面に、耳をつける。
馬の、足音が聞こえてきた。
1頭ではない。
敵が、迫ってきている。
―――ここまでか……!
俺は懐剣を抜き、舟を岸に繋いでいる2本の縄のうち、1本を切り落とした。
2カ所で岸に固定されていた舟橋が、大きく揺れた。
橋を残したまま撤退すると、追撃される。
(安全に逃げるためには、川の尾張側ではなく、美濃側で綱を切る必要がある)
左・ 全員が橋を渡ってから、尾張側で縄を切ると、美濃側に橋の残骸が残る。簡単に橋を修復され、追撃される可能性がある。
右・ 追撃されないように逃げるためには、
全員が撤退したあと、最低1人が美濃側に残り、美濃側で縄を切る必要がある。
(舟橋の残骸も回収)




