〜斎藤 道三〜
床几(折りたたみ椅子)に腰掛け、奈賀良川を見下ろす。
4月の風は、まだ、冷たい。
我が事ながら、『目的地を見失った』という実感は、ある。
斎藤道三は、青く晴れ渡った、空を仰いだ。
泥水をすすり、血を吐くようにして駆け抜けてきた。嘘をつき、政敵を陥れ、策略を張り巡らせた。
だが、商人階級あがりの自分が、決して身分の高くない武士の養子になったところから這い上がり、遂には美濃の最高権力者にまで上り詰めたのだ。
綺麗事だけでは語り尽くせない。闇と陰謀と、裏切りと共に生きてきた。もちろん自覚はある。むしろ望んでそう生きた。その事自体に、悔いはない。
だが。
――結局、儂が成し遂げたのは、何だったのだろう……。
斎藤家の為に。
手に入れたものはすべて、息子に、譲るつもりだった。
己が醜く汚れても、自分の血を分けた息子が高く明るい場所を歩めるのなら、それで良いと思った。
だが。
2人の息子は長男に殺され、その長男はまさに今、自分を殺そうと大軍を率いてきた。
――負けたくは、ない。
戦場を駆け抜けて、生きてきた。
歳はとったが。
腕には、憶えがある。
2人の息子の、仇でもある。
――だが、勝ってどうする?
たとえ勝っても、次男と三男はもうこの世にいない。
残った長男まで、己の手で殺すのか?
今年62歳になった自分が、もう一度、一から、後継者を育てることができるだろうか。
鬨の声が上がった。
1万人を超す義龍軍の中から、600人程が奈賀良川を渡ってきた。大将は、竹腰重直。
――くそっ、竹腰のやつめ。
裏切ったか。
今まで散々、取り立ててやったのに――!
「かかれっ!」
道三は軍配を上げ、指示を出す。
道三の軍がわっと竹腰の軍を取り囲んだ。
両軍は入り乱れて戦い、竹腰重直は、ついに切り負けた。
「わっはっは、それ見たことか!」
床几に座ったまま、道三は豪快に笑った。
「儂を裏切るから、そうなるのだ!」
――儂が劣勢になった途端、手のひらを返すように裏切おって!
笑いながら道三は、川の向こうを見つめた。
鼻の奥から、まるで冷たい風が滲むような感覚を覚える。
竹腰の戦死を痛手とも思わないほどの軍隊が、対岸に控えていた。
――虚しい、な。
かつては自分が、彼らを率いていたのに。
息子・義龍の、声が聞こえた。
大軍が、ぞわりと動いた。
美濃の底力を示すような大軍が、今や敵となった自分の息子を先頭にして、ゆっくりと奈賀良川を渡ってくる。
斎藤道三は、立ち上がった。




