麦畑
俺はもう一度盗賊を見た。
ダメだー!
絶対に負けるやつだー!
だって! 長さが違いすぎるしっ!!
盗賊は俺よりずっと背が高い。
持っている刀も長い。
(俺の体格ではあんな太刀は振り回せない! きっと地面に引きずっちゃう!)
リーチが違いすぎる。
俺の剣が相手の手に届く前に、相手の剣が俺の首をはねるだろう。
麦を刈っていた4人は、ちらりとこちらを見たものの、また麦刈りに戻った。
――加勢するまでもない――
そう思ったに違いない。
侮られている!
悔しいぞ!
しかし、その通りだ!
「待て! お前と戦う気はない!」
俺は言った。
――戦ったら、負ける……!
よし! 情に訴える作戦だ。
「この麦は、この村の皆が半年間、手塩にかけて育てた物なんだ。
この麦がなくなると、飢えて死ぬ者が出る。
だから――持って行くな!
いや。持って行かないでくださいっ!
お願いしますっ!!」
「はああぁぁぁ?」
長身の盗賊が言った。
「持って行くな、だとぉ?
じゃあ、俺たちは何を喰えばいいんだ?」
「え?」
「だ~か~ら~。
この麦がないと、俺たちが飢えるんだよ」
「そっ……そうなのか!?」
――それは……大変だ……!
俺の顔を見ると、長身の盗賊はあきれたように言った。
「あんた、本当に何も知らないんだな。
今まで一度も、飢えたこともないんだろう」
飢えたことは、ない。
本当の事なので、俺は頷いた。
「――ない。……です!」
長身の盗賊は、ため息をついた。
「俺たちだってなぁ。
生まれた時から盗賊だったわけでも、好き好んで盗賊になったわけでもないんだよ。
俺はもともと百姓で。だけど、洪水で田がつぶれて。
米がとれなくても、年貢はかかる。
年貢が払えないと殺される。
それで……田を捨てて逃げてきたのさ。
腕に覚えがあったから、お頭に拾われた。
だけど、俺たちには耕すための田畑がねぇ。
田畑がなくても食わなきゃ死ぬ。
だからこうして、麦を盗んでいるところだ」
「ああ……なるほど……。
そういう事なら……。
この麦がないと困るよなぁ……」
俺は太刀を鞘に納めた。
長身の盗賊は、困ったように自分の太刀を見下ろして――それを鞘にしまった。
「だけどさ、この麦。
あんた達に持っていかれると、今度はこの村のみんなが飢えるんだよ……。
――どうすれば、いいと思う?」
「はああああぁっ?
それを俺に聞くのかよ!?」
5人の盗賊がずっこけた。
「だって、あんたらだって、こうやって、毎年毎年、夜中にコソコソ麦を盗みに来るのは嫌だろう?」
「そりゃぁ、まあ……」
「村の皆も、毎晩麦の番をするのはしんどいんだよ」
「まあ……そうだろうなぁ」
「それに、あんたたちは、村の誰にも気づかれないうちに助六を縛り上げ、松明を用意し、麦を刈り取っている。
あらかじめ、きっちり計画を立てて、役割分担を決めて、その通りに動いてるんだよな」
「……そりゃ、まあ……。そうしないと、食いっぱぐれるからな」
「俺の部下を見ろ。誰も来やしない」
「あ~……」
長身の盗賊は、気まずそうに眼をそらした。
「あんた、人望ないな」
ぐさっ。
「うっ……」
図星だよっ!
「あんたさぁ――さっきから思っていたんだけど――」
あきれたように、ぼやく盗賊の顔つきが、急に鋭くなった。
一度は鞘にしまった太刀を慌てた様子で引き抜く。
「――ンだと、コラァ――! ヤるのかっ!?」
さっきまで麦を刈っていた4人も、鎌をしまい、刀を抜いている。
後ろを振り返ると――。
村の男達が、全員集合していた。手に手に槍や刀、鎌を持ち、盗賊たちとにらみ合っている。
1対1なら盗賊のほうが強そうだ。だが束になってかかられたら、盗賊に勝ち目はないだろう。
「俺たちの麦だ。返してもらおうか」
村長が言った。
「ふん! 嫌なこった!」
長身の盗賊が、地面に転がっている助六の襟首をつかんで立たせた。
助六の首筋に、見せつけるように刀を当てる。
「一歩でも動いてみろ! コイツの首を切り落としてやる!」
俺の背後で村人が息をのむ気配がした。
「待て!!」
俺が言った。
長身の盗賊は肩眉だけをピクリと上げて俺を見た。
「麦と、助六は置いていけ」
「はあ~っ!? テメェ調子に乗るな、何言って――」
「そのかわり、俺の下で働く気はないか?」
「え?」
俺は続けた。
「さっきも言った通り、俺には既に、部下がいる。
俺は屋敷を出る前に皆が起きるほどの大声を出してきた。
だが――誰も来ない……」
「……あ~……それは、さっき聞いた」
頼むから!
気まずそうな顔しないで!!
「俺には――。信頼できる部下がいない。
お前たちの動きを見ていた。皆よく働くし、腕も立ちそうだ。
家と食事は用意するから――俺の下で働かないか?」
悪い話ではないはずだ。
麦を刈っていた4人の盗賊が、長身の盗賊を見た。
長身の盗賊は、あっけにとられた顔で俺を見た。
俺の全身を上から下まで見回して――。
「悪いな。決められねぇ」
4人の盗賊が、小さく肩を落とした。
「俺たちは、巨大な盗賊団の一員だ。
勝手に団を離れることも、ここでお前と約束することもできない。
お頭には、話しておいてやる。
もしも、お頭が興味を持ったら――。
明日の昼。柴山の頂上。
そこで直接お頭に話してくれ」
「――分かった」
明日の昼。柴山の頂上。
長身の盗賊は、助六を地面に置いた。
盗賊にとびかかろうとする村人を、俺は剣の鞘で制する。
「手を出すな」
長身の盗賊は軽く肩をすくめると、仲間と共に歩き去り、見えなくなった。
盗賊が見えなくなると、俺の背後の村人たちが、ふう~っと息を吐く音がした。
「助六! 大丈夫か!?」
数人の男が助六に駆け寄る。
「和颯様、お怪我は?」
村長が言った。
「いや。大丈夫だ」
村長の顔がおかしい。
何か、笑いをこらえているような――。
「―――っぷ、あっはっはっはっは!」
抑えきれない、というように助六が笑った。
「あははははは!」
「はははは!」
皆、一斉に笑い出す。
え? 何?
何が起こっているの!?
涙を拭きながら村長が言った。
「和颯様! その、恰好!!」
「え?」
俺は自分を見下ろした。
裸足で飛び出してきたから、足には何も履いていない。
夜着は寝乱れていた時のままで、帯が半分取れかかっている。前は、はだけて乳首もふんどしも丸見えだ。頭に手をやると、髪もぼさぼさだった。
「ああ~……。コレ、な……」
しかたがない。正直に言うしかないだろう。
「寝てて……飛び起きて……その後は、無我夢中で飛び出してきたから――」
村長は、うんうん、と頷いた。
「そうでしょう、そうでしょう。
我々のために、そこまでしていただけるなんて――。
正直、我々は和颯様の事を良く分かっていなかったようです。
それに、和颯様ご本人だけでなく――」
何かをいいかけた村長が目をあげた。
屋敷の方から馬が走ってくる。
「和颯様~!」
政じいの声だ。
遅いよ~!
でも良かった。来てくれたんだ……。
見捨てられていなかったことにほっとする。
が!
「ご無事ですか~~!?」
政じいが連れてきたのは、2人
――って、少なくない!?
「なんとか、これだけの人数をかき集めてきました!!」
――いや、敵は5人だったし! 味方2人じゃあ少なすぎ……。
今回は、村の皆が起きてきて、集まってくれたから良かったけれど、そうじゃなかったら危なかった。
――やっぱり、俺の部下は頼りにならない……。
よし。何が何でも、盗賊の勧誘を成功させるぞ!




