〜陽の巻〜 木曽川のほとり
清須から木曽川まで17km。馬に乗っているのは数十人で、あとは徒歩だ。
距離も長いし荷物も多い。あまり早くは歩けない。先頭が到着するのに5時間ほどかかった。
水かさの増した木曽川は俺達の目の前で、激しく音を立てて流れている。
俺は後方を眺めた。
行列は長い。まだまだ到着しない者達もいる。特に牛を連れている者は遅れがちだ。
一益とは、まだ合流できていない。
俺は黒龍から降りた。
「和颯さまっ!」
すぐさまバタバタと慌ただしい足音がして、斥候(先回りして様子を見る係の人)が近づいてきた。
「道三殿は鶴山に陣を張っております!
義龍軍も、稲葉山から動き、奈賀良川に陣を張っております」
「……そうか」
俺は木曽川を眺めた。
大きな川だ。水の流れも速いので、とても歩いては渡れない。
人数が少なければ、船に乗って渡った方が早いはずだ。でも、この人数だと、全員が渡り終わるまでに、何往復もする必要がある。船橋を架けたほうが良いだろう。
「詳細を教えてくれ。
今ここで、すぐに聞こう。
――誰か、黒龍に水を飲ませて来てくれ」
道三殿の置かれた状況は、芳しくない。
やはり義龍軍の方が、圧倒的に人数が多いようだ。
だけど。
きっと貞じいは、援軍を引き連れて出陣してくれる。俺たちの人数はもっと増える。
道三殿と俺達で呼応して、うまく義龍軍を挟み撃ちにできれば……。
斥候の報告を聞き終わり、俺は顔を上げた。
黒龍はおとなしく木曽川の水を飲んでいた。
黒龍のくつわを持っているのは、10才過ぎと思われる、小柄な少年だった。
見るからに着古した、粗末な着物を着ている。手足も着物も、全身が泥で汚れていて、しかも痩せている。
とてもみすぼらしい格好をしているのに、どこか凛とした佇まいを感じた。
襟の合わせ目を、不自然なまでに首元できっちりと絞めている。着物の袖は長すぎだし、裾は足首まであった。着物が、彼には大きすぎるのだろう。
大人の男が被るような、これまた彼には大きすぎる笠をかぶっていて、顔は見えない。
黒龍が突然、不機嫌そうに耳を震わせた。
少年が、すかさず手を伸ばして黒龍の喉元を撫でた。耳に顔を近づけ、何かを囁く。
黒龍は、たちまち機嫌を直した。嬉しそうに首を振り、少年の腹に顔を擦り付けた。
――へえ。珍しい。
黒龍は駿馬だが、神経質だ。
あんなふうに初対面の人間に甘えるところは初めて見た。
――あの子、今後もうちで働いてくれないかな……。
俺は少年に近づいた。
「ねぇ、キミ」
俺が話しかけると、少年はビクッとして俯いた。顔だけでなく、上半身が笠の陰になって見えなくなった。
俺は、なるべく優しく語りかける。
「馬は、好きかい?」
少年は、黙ったまま、小さく頷いた。
「俺の館には、たくさんの馬がいるんだ。
黒い馬、茶色い馬、白い馬――。
みんないい馬だよ。
興味はある?
もし、キミが良かったらなんだけど――」
俺の後ろから、馬の蹄の音が近づいてくる。
(出陣 清州から木曽川へ)




