陽の巻
思い出せ、俺。
あれは確か……義銀さまが那古野に落ちのびていらっしゃる直前だった。
俺は、自分で。決めたじゃないか。
一益がつぶやいた。
「――あんなことがあったんだ。まあ……。無理もないか……」
しっかりしろ。
俺は。
一益を信じるって決めたんだ。
でも……。
「先を急ぎたいが――。
それでも一度、休んだほうが良い。ここで馬を降りよう」
一益が馬を停めた。
俺は、上の空で馬から下りた。
一益が、二頭の馬を、川のほとりの木に繋いだ。
一益が、自分の瓢箪に水を汲んできてくれた。
俺はそれを口にする。
一益に渡された水は、澄みきっていて冷たく、それはいっそう、俺を憂鬱にする。
俺はつぶやいた。
「――一益。……聞いてもいいか?」
俺は――一益を信じたい。
信じるべきだ。
一益が俺を見る。
「もちろんだ。どうした?」
「昨日の――事だけど。
火鳥が、一益の部屋にいた理由――」
一益の顔が少しひきつった。
やや上ずったようにも聞こえる声。
「――ああ。それがどうした」
「『火鳥は、夜中に物音を聞いた。だから、一益を起こすために、部屋に行った』
俺は、そう聞いた。
……あの説明は――。ウソじゃないと信じて良いか?」
「……もちろんだ……」
俺はぐいっと顔を近づけ、一益の瞳の奥を覗き込んだ。
紡ぐ言葉に、魂を込め、放つ。
「《《俺には二度と》》、《《隠し事はしないと言ったよな》》?」
一益の目が泳いだ。動揺している。
「――俺には……『墓場まで持って行く秘密がある』。
――そうも、言ったはずだ……」
「――《《過去の依頼者に関すること》》、だったな」
「ああ。――そうだ」
一益は、まっすぐに俺を見た。肚をくくったように見えた。
「俺は忍として生きてきた。
お前に忠誠を誓う直前まで、忍の任務をこなしていた。
そこで知った、過去の依頼者の名も、依頼の内容も、《《依頼者の秘密》》も、決して漏らさねぇ。
それらに関連し得る事柄も含めて、だ」
一益の、過去の依頼なんてどうでも良い。
依頼者も、依頼者の秘密も。
俺は、そんな話をしているんじゃない。
今の、目の前の事について話しているんだ。
「昨夜の説明に、噓も隠し事もないと誓えるか?」
「俺は、嘘はついていない。
昨夜の事だろうが、それ以外の事だろうが――。
俺の、《《過去の依頼者に関連する事柄を除けば》》、お前に隠している事もない」
「なあ、一益。
本当のことを言ってくれ。
――本当に、俺に隠していることはないか?
その……。
……。
…………。
火鳥と。―――深夜に――……。
………二人きりで……」
一益が、はっとした顔で俺を見た。
たちまち一益の瞳が燃え上がり、殴りかかるような視線で俺を睨みつけた。
「てめぇ!」
一益が、俺の襟元をねじり上げ、ぐっと持ち上げた。
「――いったい!――あいつが!!――どんな気持ちで―――」
激しい口調で吐き出された言葉が、途中で尻すぼみになる。
燃え上がった瞳はたちまち鎮火して、ひどく哀しげに力を失った。
「―――いや。
お前に言ってもしかたがない……」
「――どういう意味だ?」
「……何でもねぇよ」
「何でもないはずないだろう」
――『あいつ』って……火鳥のこと?
「………俺と火鳥様は、お前が思っているような関係じゃねぇよ」
――信じろ、俺。
一益が嘘を言っているという確証はない。
だから。
頼む。
信じろ、俺。
「火鳥も――俺に隠し事はしていないと思うか?」
一益が目をそらした。
「さあな。そんなの、俺には答えられねぇ」
「……――話は、それだけか?」
一益は俺から目をそらしたまま、木に繋いだ馬の手綱を、ほどきはじめる。
俺は、その様子をぼんやりと見つめた。
……一益――。
本当に俺は、お前を――信じても、良いのか?




