3、盗賊 ~陽の巻~
夕暮れ。
日課の遠乗りを終えた俺は、息を切らせた黒龍に乗り、屋敷への道を行く。
刈り取りを待つ麦の穂が、重く垂れている。
「あ。和颯様」
泥だらけの服を着て、腰に鎌をぶら下げた男が向こう側から歩いてきた。
俺を見て、頭を下げる。
すぐ近くに住む男だ。
えっと。名前は確か――
「やあ助六」
俺が名前を呼ぶと、助六は真っ赤になって俯いた。
「俺ぁ、生まれた時からず~っとここで農業やっているが、領主様に名前を覚えてもらったのは初めてだがや」
「領主様はやめろよ。和颯でいい」
俺は、ふと気付く。
「これから畑仕事か?」
「とんでもねぇ!」助六が言った。
「もうすぐ麦の刈り取りでごぜぇます。今年は豊作だから、盗賊が狙ってるって――
だから、村のみんなで交代で、夜通し見張っておりますだ」
「そっか。大変だな」
「だけど、夜の間に根こそぎ持っていかれるよりはずっとマシだがやぁ」
「――そうだよなぁ……」
俺ぁ、昨夜と今夜の担当だぁ、と助六が言った。
一晩中。それも二晩連続で起きているなんて大変だ。
盗賊か。厄介だな。
なんんとか、できないかなぁ。
――できないけど。
くたくたになって屋敷に戻る。
剣術、槍術、弓道。
どれだけ練習したって、この体格では勝てない相手がいるのは分かっている。
それでも練習不足だから負けたと言われるのは嫌だ。
今日もよく、頑張ったぞ、俺。
――誰も見てないけど。
倒れこむように寝床へ入る。
次の瞬間には、もう眠っていた。
※※※
「うわあぁっ!!」
夜中に突然、目が覚めた。
何だ? 何だ?
何が起こった!?
俺は上半身を起こした。
きょろきょろと周りを見回す。
一瞬、ここがどこで自分が何をしているのかも分からなかった。
――いつもの、自分の寝室だ。
月明かりが俺の周りだけをぼんやりと照らしている。
他に明かりはない。部屋の隅には、暗闇が広がっていた。
俺は床に寝ていたようだ。
夜具は、俺の隣で乱れて転がっている。
――寝返りを打って、夜具から出てしまった……のか??
庭に続く扉が、すこし空いている。
あれ? 俺、開けたまま寝たっけな……。
いつもなら、絶対に朝まで目覚めないのに。
悪い夢を見たわけでもない。
どうして突然、目が覚めたのだろう。
まだ真夜中だ。
――寝よう――
朦朧とする頭。
適当に寝具を整え、潜り込んだ。
目を閉じる。
ふたたび眠りがやってくる……。
その時。
起きていても聞き逃してしまいそうなほどかすかな、叫び声が聞こえた気がした。
「誰かぁ! 助けてくれぇ!」
――あれは! 助六!!?
俺は飛び起きた。
枕元の太刀を掴む。
「起きろ! 敵襲!」
屋敷の者へ向かって、大声で叫ぶ。
返事を待っている暇はない。
俺は裸足のまま外へ飛び出し、村の麦畑に向かって駆け出した。
※※※
盗賊は5人いた。
泥で汚れた手足。痩せた体。
目だけがぎらぎらと光っていて、飢えた獰猛な犬を思わせた。
彼らは助六を縛り上げ、地面に転がしていた。
一番背の高い1人が松明を掲げて、足で助六を押さえつけている。残りの4人がせっせと麦を刈っていた。
「やめろ!」
俺は大声を張り上げた。
5人が驚いた顔をして、こちらを見た。
俺は助六を押さえつけている男を睨みつけた。
「そいつを放してもらおうか」
「ほう」
長身の盗賊が言った。
「勇敢なのか、バカなのか。どっちにしても、『はいそうですか』って訳にはいかないなぁ」
長身の盗賊は、目を細めて顎の下から覗くように俺を見た。
「それにしても、かなり静かに行動したつもりだったんだが。
良く俺たちに気付いたなぁ、坊や――不眠症か?」
いいえ。毎日快眠です。
今は、とても眠いです。
「和颯様……」
助六が、腫れあがった目でこちらを見た。
猿轡を噛まされている。
俺は太刀を抜いて構えた。
「おやおや」
長身の盗賊が、唇の端をあげた。
「少しは、やるようだが……」
長身の盗賊が、腰につけた太刀を抜く。
太刀は細く、長かった。
その太刀が、覇気を纏う。
俺はぞっとした。
長身の盗賊がニヤリと笑う。
「ぼくちゃん、今は寝る時間でしょ?
ここは危ないですよ。怪我をしたくなかったら、おうちに帰りましょうねぇ~」
子供扱いかよ。
完全に、バカにされているぞ。
だが、太刀を構えた盗賊のゆらりとした動きは、俺を凍りつかせるのに十分だった。
太刀を構える動きはなめらかで、刀は彼の体の一部のように手になじんでいる。
あの太刀で、今まで何十人も切り殺してきたに違いない。
瞳に宿る光は、俺に、絶対に負けない自信があることを物語っている。
俺は自分の太刀を構えなおし、長身の盗賊を見つめた。
――あ~………
勝てる気がしねぇ!!!




