陽の巻
一益の部屋の扉に手をかける。
「火鳥っ!」
勢いよく扉を開けた。
部屋の隅で揺れる薄明り。
一瞬だけ、火鳥の姿を見た気がした。
低い姿勢。
睨みつける眼差しは、獲物を狙う鷹のようだ。
抜き身の懐剣をこちらに向けて構えている。
次の瞬間、俺の視界が、ぱっと消えた。
――えっ――?
ばふっ、と腹に衝撃を受ける。
「ぐふっ……」
さっき一益に踏まれたところ。ぴったりクリーンヒットだ。
腹を抱えてうずくまりそうになる自分を、どうにか立て直した。
「和颯さま!?」
火鳥の声。
俺は、たった今、頭からかぶせられた大きな布――たぶん、夜具――を取り払った。布で遮られていた視界が、元に戻る。
俺の腹に当たったのは、火鳥の肩だったようだ。
侵入者に攻撃しようと待ち構えていたところ、入ってきたのが俺だと気づき、慌てて体を捻ったのだろう。
「火鳥! 無事かっ!?
怪我はないか!!?」
俺は火鳥の両腕を掴んで回し、こちらを向かせた。
火鳥はまだ、自分の正面に向けて懐剣を構えたままだ。
火鳥の顔を覗き込む。
強張っていた火鳥の顔が、今にも泣きだしそうに微笑み――ぐらりと傾いた。
「うわっ! 大丈夫か!?」
そのまま倒れてしまいそうな両肩を支える。
「……ええ。
気が抜けたら――。立てなくなりました……」
「大丈夫だ。大丈夫だから……。
ゆっくり――座ろう……」
火鳥は、冬の雨に濡れそぼった仔猫のように震えていた。
薄い夜着を通して、火鳥の怯えが俺に伝わってくる。
俺は、火鳥の躰を支えながら、ゆっくりと腰を下ろした。
俺は、先ほど投げつけられた夜具を拾い上げる。
夜具はまだ暖かかった。
俺たちが侵入者と戦っている間ずっと、火鳥はこの暗い部屋で、夜具にくるまりながら懐剣を握りしめ、たった一人で震えていたのだろうか。
「もう、心配いらない。
大丈夫だから――」
俺は、できるだけそっと火鳥の肩に夜具をかけ、静かに彼女を引き寄せた。
「済まなかった。
火鳥にまで――、怖い思いを……させたようだ」
「……いえ。
――大丈夫です……」
俺は待った。
火鳥の身体の前で構えられたまま、硬く固まっていたようだった懐剣が、やがてぎこちなく動き、震えながら鞘に納まった。
「――見事な、一撃だった。
火鳥が体を捻らなければ――俺が刺されていた」
「……すみませんでした。
てっきり、侵入者かと……」
鮮やかで、美しい攻撃だった。
男でも、とっさにあれだけの手を繰り出せる者はそういないだろう。
たとえ、血はつながっていなくても、やはり火鳥は、あの斎藤道三の娘なのだ、と俺は思った。
俺は、火鳥が鞘に納めた懐剣を見下ろした。
これは――。火鳥の懐剣だったか?
見覚えがあるような気がするけれど……。
部屋の外から、一益の声が聞こえた。
おそらく、こちらに背中を向けて話している。
「侵入者は、和颯様を狙っていたようです。
火鳥様も、ご無事で何よりでした」
「――そう、だったのね……。
――これ、ありがとう」
火鳥は、鞘に納めた懐剣を、声のする方に向かって差し出した。
一益が少しためらった後、部屋に入ってきた。
俺の隣で膝をつく。火鳥から懐剣を受け取り、懐にしまった。
「――ん?」
そういえば。
俺は疑問を口にする。
「なんで火鳥が、一益の懐剣を持っているんだ?
そもそも、どうして火鳥が一益の部屋にいたんだ?」
火鳥の体が強張り、目が泳いだ。
「えっと――」




