〜カワセミの唄〜
「――屋根の上に、忍がいる」
耳元でささやかれ、俺は飛び起きた。
――嘘だろ!?
本当に、火鳥を『消し』に来たのか――!
――斎藤道三。
マムシのように恐ろしい男だとは聞いていたが、まさかこれほどとは……。
火鳥がささやいた。
「ほとんど音を立てない。
――かなりの熟練者よ」
俺は、枕元から自分の刀を引き寄せた。
「――お前、武器は?」
「……ないわ」
「――持っておけ」
自分の懐剣を、火鳥に押し付ける。
「――そいつは、今どこにいるんだ?」
俺は、手早く行燈に火をつけた。
闇の中に、青白い顔の火鳥が浮かび上がった。
「屋敷の南から、まっすぐ北側へ向かっている」
「――分かった。
……お前は、ここから動くな」
火鳥がいると、足手まといだ。
俺がわざわざ言わなくても、火鳥なら自分で分かっているはずだ。
俺一人の方が動きやすい。
――任せておけ。
火鳥の肩に軽く手を置き、立ち上がろうとして。俺は、薄い夜着にくるまれた華奢な肩が、カタカタと震えていることに気付く。
「心配するな――大丈夫だから」
俺は、まだぬくもりが残る自分の夜具を、火鳥の肩にかけてやった。
「俺が戻るまで、一歩も部屋を出るな。
――ここで待っていろ」
震えながら火鳥が頷く。
俺は、刀を腰に刺し、左手に行燈を持った。
部屋を出る。扉を閉める。
俺は行燈の灯りを頼りに、廊下を滑るように進んだ。
火鳥の部屋の入口が、ぼんやりと浮かび上がった。
部屋の扉は開いている。
扉は閉めるときに音が出る。
火鳥が部屋を出る時、開けたまま逃げたのだろう。
俺は火鳥の部屋に滑り込んだ。
俺のためにも、暗殺者のためにも、逃走経路は確保しておいたほうが良い。廊下へと続く扉は、閉めなかった。
夜具と行燈を部屋の隅に寄せる。
俺は部屋の中央に座り、耳を澄ました。
静かだ。
時折ごくわずかに、家鳴りのような音がする。
………みしっ………………みしっ………
注意深く、よく耳を傾けておかないと、聞き逃してしまいそうだ。
少しづつ、近づいてくる。
俺は静かに刀を抜いた。
――すとん――
屋根から地面に移る音がした。
これだけの高さを飛び降りたのに、ほとんど音がしない。
間違いねぇ。
――相当な、手練れだ……
下手にわたりあおうとすると、こちらが怪我をするかもしれない。
だが、怪我をしたくない事に関しては、侵入者のほうが切実だ。
本当なら、侵入者は生きたままとらえたいところだが――。
俺はつばを飲み込んだ。
真の目的は「火鳥を殺されないこと」であり、「忍を捕まえること」じゃねぇ。
――状況によっては、忍はとっとと逃がしたほうが良いかもしれねぇな……。
※※※
忍が捕まれば、主人の秘密が漏れる。
忍にとって、任務成功よりも大切なことは、無事に帰還することだ。
万が一、無事に帰還できそうもない時は、自ら命を断つ。
それは主人の為でもあるが、自分の為でもある。
敵の秘密を握る忍への拷問は、凄惨を極める。――死ぬより辛い。
そもそも、忍の任務達成率は、かなり低い。
そんなことは雇い主も重々承知。
怪我をすれば、逃走率が下がる。
だから忍は、怪我を嫌う。
武士は、死も怪我も恐れない。
そうなるように、教育されている。
あいつらは、たとえ相打ちになろうとも、目の前に敵がいたら、全力で攻撃しようとする。それはもう、習性みたいなもんだ。
※※※
じゃりっ…… じゃりっ……
息を殺すように、庭を移動する足音。
ぴたり。
足音が、止まった。
……カタッ……
扉に、手をかける音だ。
――来る――
俺は、庭に面した扉を睨みつけ、片膝をついた。
刀を握りなおす。
呼吸を整える。
神経を研ぎ澄ます。
俺はいつでも飛び出せるよう、姿勢を低くした。
……すすすすすす……
扉が開く音がした。
俺は刀を振りかざし――呆気にとられた。
庭に面する、火鳥の部屋の扉は、1ミリも動いていなかった。
サッと血の気が引く。
――しまった!――
暗殺者のターゲットは、火鳥じゃねぇ!!
――くそっ!! どうして気付かなかったんだ!!
俺は庭へ飛び出した。




