〜陰の巻〜
清州の夜は、少し、寒い。
屋敷の周りをぐるりと取り囲む、水堀のせいだろうか。
屋敷が少し、広すぎるのかもしれない。
刻は真夜中を過ぎた。
火鳥は寝返りを打つ。
屋敷の外で小さく、かたん、という音が聞こえた気がした。
木でできた何か――長い木の板とか。あるいは、輿――を、注意深くそっと地面に置いたら、きっとそんな音がするだろう。
ほんの数か月前、この地で亡くなった守護の亡霊が輿に乗り、自分の屋敷へ帰ってきた――。
そんな想像をして、火鳥は身震いをした。
いや。寒いのはただ単に、部屋を暖めるための炭が足りないからに違いない。
冬の初めに、清州の農民たちが持ってきた炭は、明らかに彼らがその月に納めなければいけない炭の量を下回っていた。
だが、和颯はやせ細った農民たちを見つめると、黙ってその炭を半分に分けた。半分を自分が受け取り、半分を彼らに返した。「冬を越すのに必要だ」というのが、その理由だった。
彼らは、胡散臭いものを見るような目で和颯を見て、もごもごと礼を言い、立ち去って行った。
火鳥は、那古野村の、皆の屈託のない笑顔を思い出した。
諦めとともに、枚数を重ねた夜具を引き寄せ、目を閉じる。
自分の体温で夜具が温まりはじめ、ゆっくりと、まどろみがやってくる。
――……みしみしっ……――
天井から、聞き間違いようもない音が聞こえ、火鳥は飛び起きた。
――忍っ!!――
火鳥は、両手で口を押さえ、今にも飛び出しそうな悲鳴を押し戻す。
――落ち着け!!――
取り乱すと、命を落とす。
耳を澄ます。
足音が、静かに、屋敷の屋根の上を移動していく。
屋敷の南側から、まっすぐこちらに向かってくる。
先ほど外から聞こえたのは、橋を作って堀を超えるために、木の板を水堀にわたした時の音に違いない。
人が乗っても折れないほどの木の棒なら、かなりの重さがあったはずだ。それなのに、立てられた音はごく僅かだった。
――手練れ……。
屋根の上を伝い歩くの足音も、注意しておかないと、聞き逃してしまうほどわずかだ。そのことも、彼が熟練の刺客であることを証明しているようだ。
恐怖で背中が泡立つ。
火鳥は夜具から滑り出た。音を立てないように廊下に出る。
火鳥の部屋の北側は、庭に面していた。庭伝いに和颯の寝室とも繋がっている。庭の扉は内側から開くようになっていて、屋敷の外に抜けられる。
南側は廊下だ。東に行くと和颯の寝室が、西に行くとカワセミの部屋がある。
真っ暗だ。だが、自分が移動している事は敵に知られたくない。音を立てることも、灯りをつけることも避けるべきだ。
火鳥は暗闇の中を、西に向かって歩く。昼間の間に覚え込んでおいた歩数を頼りに、カワセミの部屋の扉を探り当てた。
静かに、扉を開ける。
指が、震えた。
カワセミの立てる、軽いいびき交じりの、気持ちよさそうな寝息が聞こえた。




