信澄の生まれた日 ~カワセミの唄~
今日は無礼講だ。
大広間では際限なく酒が振る舞われ、機嫌を良くした家臣たちが歌ったり踊ったりしている。
信勝殿がいないので、皆の輪の中心にいるのは柴田勝家だ。
勝家は、信澄の教育係に任命されたらしい。
まあ、当然か。人望、功績、戦績。いずれも申し分ない。
和颯はいない。さっき、仏間に入っていくところは確認している。
和颯の後を追うように、信勝殿が部屋を出て行った。信光殿もいない。
――三人で何か、相談でもしているんだろう。
座っているのは性に合わねぇ。
せっかくの機会だ。織口家本家の捜索でもしておくか。
俺は立ち上がった。
屋敷の隅で、俺は足を止めた。
「――なにも、貴女に産んでほしいと言っているわけではないのよ?」
かび臭い物置から、チクチクと棘を刺すような女の声が聞こえる。
「火鳥さん。貴女も分かっているでしょう?
正妻の役目は、一にも二にも、男児をあげること。
それなのに、貴女は――。
嫁いで五年も経つのに、男児はおろか、女児の一人も生まれていないって――。
いったい、何をやっているの?」
俺は、音を立てないように小さく扉を開き、中を覗いた。
火鳥が、正座して、頭を下げていた。
その前に座って、ピリピリとした声を出しているのは、和颯の母上――土田御前――だ。
火鳥の肩は小さく震えていて、まるで泣いているみたいに見える。床についた両手も。
土田御前は、これ見よがしに小さくため息をついた。
「わたくしだって、協力は惜しまないつもりですよ?
先日、娘を一人、使いによこしたでしょう?
あの子ならどうです? 性格も控えめで、たとえ子供を産んでも、貴女をないがしろにすることはないはずですよ?」
「――わたくしは……
かねてより――。
和颯様さえご納得なされば、側室はどなたでも良いと、申し上げております……」
「わたくしはねぇ。貴女のその、はっきりしない態度も問題だと思うのよ?
和颯は、優しい子だから。
かわいそうな貴女に気を遣っているの。
貴女はもう少し、身の程をわきまえなさい。
あの子が口に出す憐れみの言葉を、まさか鵜呑みにしているわけじゃないでしょうね?」
耐え忍ぶような、火鳥の嗚咽が聞こえる。
――演技だと分かっていても、胸が締め付けられそうになるような声だ。
土田御前は諭すような口調になった。
「貴女も武士の娘なら、このままじゃいけないことくらい、分かっているでしょう?」
土田御前が、息を吸う。
「それなのに――。まったく……。
だいたい貴女は、この間だって――」
……あ~……。
これは、長くなるパターンだ。
仕方ねぇ。
――助けてやるか。
俺は咳払いをして、戸を開けた。
土田御前が驚いたように俺を見た。
火鳥は顔もあげない。
「――すみません。声が聞こえたもので……」
俺は神妙な顔をして、部屋へ入る。
土田御前から見て横向きになるよう、火鳥の斜め前に座った。
「――和颯様の、ご側室が見つからない件に関しては、我々にも責任がございます」
――だいたい側室なんてものは、たいがいどこかから、家臣が見つけてくるものだ。
「わたくしも、林秀貞殿も、これぞと思う娘がいれば積極的に和颯殿に引き合わせているのですが……」
土田御前はため息をついた。
「平手征秀が生きていれば……。
和颯の事を一番良く分かっていたのは、征秀だったのよ。
それなのに、切腹なんかしてしまうから――」
「まったく残念なことでございました。
――確か平手征秀は、和颯殿がお生まれになった時から、お傍に仕えていたとか」
「そうよ……。懐かしいわね」
「確か、土田御前は初めてのご出産で和颯殿をお産みになられたのでしたね。
信秀殿のお喜びも、ひとしおだったのでは?」
土田御前が、こちらを向いた。
「ええ。わたくしは後妻だったから。
和颯が生まれるまでは針の筵の上にいるようだった。
でも、和颯が生まれて、信勝も生まれて――。
皆が私を、正妻として認めるようになった」
彼女は満足そうな微笑みを浮かべる。
「子供――特に、男児の力は絶大よ」
「お市の方をお生みになったのは、7年前だったでしょうか」
「そうね。あれから7年も経ったのね」
「――おや?」
俺は、ふと廊下を見た。
「……今、赤子の泣き声が聞こえたような――」
「まあ!」
土田御前はそわそわと立ち上がった。
「信澄が泣いているのかしら。
いったい、乳母は何をしているの!?
わたくしは様子を見に行って参ります。
火鳥さん――とにかく早く、和颯の子供を産ませなさい。それが、貴女の役目ですよ。
この際、相手なんて誰でもいいわ。
――分かったわね?」
土田御前はあわただしく出て行った。
足音は廊下を曲がり、聞こえなくなった。




