カワセミ
焼け跡から守護の死体が引きずり出され、坂井大膳がそれを確認するところまで見届けて、俺は那古野に戻った。
もう、すっかり暗くなっていた。
体中から、人間を焼いたときに出る煙のにおいがする。
「おつかれさま」
和颯の屋敷の門をくぐると火鳥が立っていて、濡れた手拭いがすっと差し出された。
火鳥の足元には、水の入ったたらいが置いてある。
渡された手拭いで、顔と首筋をふく。
冷たくて気持ちがいい。こびりついていた汚れと一緒に、持って行き場のない嫌な気持ちも拭き取られていくようだ。
……ありがてぇ。
火鳥が口を開いた。
「守護は?」
「死んだ」
「――そう」
「――守護の息子はどうなった?」
「少し前までここにいたけど――。近くの寺で匿ってもらうことになった」
寺社は、この国で一番強い力を持つ。
寄進という名の金さえ払えば、たいていのことはやってくれる。敵に殺されたくない者を安全に匿うなんぞ、お手の物だ。居心地も悪くない。
火鳥は俺の手から汚れた手拭いを受け取り、たらいの水で洗った。
火鳥が手拭いを絞っている間に、俺は草履を脱いで、たらいに残った水で足を洗った。
――ああ。生き返る。
火鳥が絞った手拭いを手渡す。俺はそれで足を拭いた。
「清州はどうなったの?」
「守護邸は焼けた。火の手は屋敷の中から上がった。
逃げ場をなくした侍女達が水堀に飛び込んだ。何人も死んだ。――酷いもんだ」
「――そう」
「和颯はどうしてる?」
「奥で、信勝さまと信光さま、柴田勝家と話してるわ。あなたの帰りを待ってるんじゃないかしら。
清州を攻める相談をしていた。きっと、勝家が行くわ。2ヶ月以内よ。
義銀様の家来も一緒に行くって。――彼ら、かなり強そうよ」
坂井大膳の陣営は、戦後処理でごたついていた。主要メンバーらしき者も、守護の家来に殺されたり、怪我をしたりしている。
攻めるなら、なるべく早いほうが良い。
あとで勝家に言っておこう。
「和颯と信勝殿は仲直りできたのか」
「そうみたいね」
「ふうん……」
俺はちらりと火鳥を見た。
なるべく、なんでもない風を装って尋ねてみる。
「お前、和颯と何があった?」
火鳥はすっと目を細めた。
「―――とくに、なにも。」
火鳥は、たちまち鋭くなった瞳を冷たく光らせ、たらいを持ち上げた。
「――手拭いは、返さなくていいわ」
「おう。ありがとよ――」
火鳥は踵を返し、そのまま歩き出そうとする。
「なあ、待てよ。火鳥……!」
「なに?」
華奢な背中が立ち止まった。
※※
各務野は、女だったが大柄で、体格もがっちりしていた。
忍の寿命も長くはないが、くのいちの寿命はもっと短い。
いつだって任務は危険と隣り合わせだ。敵に正体を知られ、殺されそうになることもある。
そんな時、とっさの一撃を放ってその場から逃げ切れるかどうかが、生死を分ける。
自分を殺そうとする男を相手に、有効な一撃を放てるかどうかは、自分の体格が大きく物を言う。
だから生き残るくのいちは、みな大柄だ。
※※
俺は、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
並の女と比べても、ずっと小さく細くて非力なくせに、たったひとり、命がけで危険な任務に挑む、その背中に向かって、俺に何が言えるだろう。
「――……いや。なんでもない………。
………手拭いの……。
……礼を、言いたかった。
ありがとう。――おやすみ」
火鳥はちらりと振り返り、少し哀しそうに笑った。
「――いいの。気にしないで……。
おやすみなさい」
火鳥は歩み去った。




