~カワセミの唄~
落ちぶれたとはいえ、斯波義統は尾張の守護。
配下には、まだまだ手練れの男もいたらしい。
和颯に命じられたのは「清州の偵察」だ。
俺は守護の屋敷から少し離れた場所にある高い木に登り、戦いの様子を観察していた。
坂井大膳が、100人以上の兵士を率いて守護の屋敷を攻撃している。
守護の屋敷の周りにはぐるりと水堀が掘られていた。屋敷への入口は二か所だけ。攻められにくいよう、よく考えて設計された屋敷だ。
表門と裏門には、それぞれ槍を持った壮年の男がいて、襲い掛かる敵を次々と切りまくっていく。
二人の他にも、年配だが勇ましい男たちが何人もいて、刀を振るい、弓を撃ち、屋敷を守っている。
――これだけの力を残していたならば……。
俺は思った。
うまく機を見て決起すれば、坂井大膳の裏をかき、一点突破もできたんじゃねぇか?
――まあ。
俺の知ったことじゃねぇ。
それに、どっちにしてももう、手遅れだ。
もう少し状況が違えば、守護側にも充分に勝機があっただろう。
だが、今、守護の立てこもる屋敷の周りは既に、坂井大膳の兵士が幾重にも取り囲んでいた。
守護邸の周りにある四方の建物の屋根の上には、弓を持った兵士がずらりと並んでいて、次から次へと矢を射かけていく。矢は尽きることなく守護邸へと降り注ぎ、守護の館にいた者たちは次々と倒れていく。
とうとう、屋敷の中から火の手が上がった。
守護と家臣達が屋敷に火をかけ、切腹したのだろう。
驚いたことに、火の手が上がった後で、屋敷の中から、色とりどりの着物を着た数十人もの侍女たちが、咳き込みながら飛び出してきた。
彼女たちは炎に巻かれて逃げ場をなくし、とうとう水堀に飛び込んだ。
屋敷が戦場になる場合、屋敷の中にいる女たちは、早い段階で外に逃がしてやるのが主人の最後の心意気だ。
攻め手側も、敵の主人の家族でもない限り、女と子供は黙って逃がしてやるのが暗黙の了解だ。
侍女達まで、自分の盾にしようとしていたのか……?
俺は唇を噛んだ。
堀の幅は、そうたいして広いわけではない。だが、美しい着物を着たまま水に飛び込んだのは、おそらく今まで一度も泳いだことなどないであろう、上品な守護の侍女たちだ。
必死に足をつきつき、泳いで渡り切った者もいたが、水に溺れて死んだ者もいた。
死んだ侍女の着物を、兵士たちが争うようにして剥ぎ取っていく。
溺れかけたところを、敵の兵士に助けられた侍女もいた。
戦の最中に兵士が手に入れたモノ――食べ物、刀、貴重品。木材、馬、女、子供など。ありとあらゆるもの――は、それを手に入れた者の所有物となる。
命を救われた侍女の今後を思うと、俺は素直に喜ぶこともできなかった。
敵の兵士に助けられる寸前に、自ら懐剣で喉を突き、命を絶った侍女もいた。
その懐剣を、すかさず奪い取る兵士。人の焼ける匂い。女の泣き叫ぶ声。剥ぎ取られる着物。転がる死体。燃え上がる炎。水堀に浮かんでは沈む、無数の長い髪。
見るに、堪えなかった。




